メールマガジン

トップ > メールマガジン > 東京海洋大学マリンサイエンスミュージアム 〜 大学博物館としての新たな歩み
2022.06.02 16:31

東京海洋大学マリンサイエンスミュージアム 〜 大学博物館としての新たな歩み

鈴木 秀和(30増殖19修)

 マリンサイエンスミュージアムの歴史は、東京水産大学の前身である農商務省水産講習所に標本室が

完成した1902(明治35)年3月に始まります。水産講習所の発展と共に、標本室も図書標本室として次第に整備されてきましたが、1923(大正12)年9月の関東大震災により、いったん、すべて灰燼に帰してしまいました。図書標本室は1936(昭和11)年3月に再建され、その内容は再び充実したものとなりました。しかし、1945(昭和20)年8月、第二次世界大戦の敗戦により、東京越中島の校舎は進駐軍によって接収され、図書標本室も閉鎖されました。

マリンサイエンスミュージアム

 1947(昭和22)年3月、水産講習所は新天地を求めて神奈川県横須賀市久里浜の旧軍施設に移転します。この際には教職員、学生の努力にもかかわらず、多数の標本・模型類が破損、紛失してしまいました。1949(昭和24)年5月より第一水産講習所は東京水産大学となり、1951(昭和26)年には図書標本室は東京水産大学付属水産博物館と改称されます。

 1957(昭和32)年4月、東京水産大学は現在の品川に移転し、木造1棟を水産博物館として標本類を収納しました。1959(昭和34)年11月には、創立70周年記念事業の一貫として展示室が設けられ、資料が一般に公開されました。そして1971(昭和46)年9月、現在の建造物が完成し、名称も水産資料館と改められました。1998(平成10)年12月には、品川キャンパス内に展示されている練習船「雲鷹丸」が国の登録有形文化財に登録されました。

 2003(平成15)年10月、東京水産大学と東京商船大学は統合し、東京海洋大学となりました。これに伴い、名称も東京海洋大学海洋科学部附属水産資料館となり、2005(平成17)年3月31日には博物館に相当する施設として文部科学大臣から再指定されています。

 そして2016(平成28)年1月に耐震と増築工事を行いマリンサイエンスミュージアム(以下、MSMとする)という呼称でリニューアルオープンし、現在に至っています。2019(令和元)年5月には、「雲鷹丸」が、現存する最古の国産鋼船で漁具の改良や人材育成など漁業の発展に多大な貢献をしたということで、公益社団法人日本船舶海洋工学会「ふね遺産第18号(現存船第7号)」に認定されました。

 大学博物館は、大学において収集・生成された有形の学術標本を整理、保存し、公開・展示してその情報を提供するとともに、これらの学術標本を対象に組織的に独自の研究・教育を行い、学術研究と高等教育に資することを目的とした施設です。大学博物館の有無が、大学の格を見るときのひとつの判断材料になり得るともいわれ、実際、諸外国では大学に博物館を付設するのは当然のものとされています。100年を超える歴史をもつ当館が、大学博物館としての存在意義は何かというこの原点回帰を日々模索する中、2019(平成31)年に発生した新型コロナウイルス感染症が世界的大流行・パンデミックを引き起こしました。世界中で社会活動、経済活動に多大な影響を及ぼしていることは言うに及ばず、人的交流活動を柱とする博物館にとって、否が応でも新しい博物館活動を展開しなくてはならない状況になりました。

  雲 鷹 丸

 そこで私たちスタッフは1つのアイデアを創出しました。「博物楽譚(はくぶつがくたん)」という企画です。本企画は、MSMにおける、今後発展が期待される新しい大学博物館の機能の一つとしての取り組みと捉えています。本企画の三本柱は以下の3点です。

 1) 大学博物館としての意義を出す。
 2) MSM所蔵の「学術標本」をもとに展開する。
 3) その「学術標本」に詳しい教員による解説を主とする。

 これを近年のWebサイトサービス・Social Networking Service(通称SNS)、具体的には「YouTube」を介して情報発信いたしました。これまでに、以下の3本を制作しました。せびこれらのURL部分をクリックしてご覧ください。

【予告編】  
 https://youtu.be/gPG63TqTBmk

【第1回 鯨】
 https://youtu.be/dKm4aN7nJMw
 中村玄助教(55育成44海修23海博)がセミクジラ、コククジラ、ドワーフミンククジラの全身骨格標本から紐解く「鯨類のからだの驚きと不思議」をじっくりお楽しみいただけます。

【第2回 貝】
 https://youtu.be/vHaZeb7UL0w
 土屋光太郎准教授(34漁生23修4博)が解説する「貝殻から分かる貝類の不思議な生態」をお届けします。アワビやサザエといったなじみのある貝や面白い形をした貝類が登場します。

 「博物楽譚」の制作コンセプトは、単なる博物館紹介ビデオではありません。視聴者は漠然とした一般者ではなく、いわゆる「マニアック層」を対象としています。もちろんその中には、本学を目指す受験生も含めます。各回のテーマは「MSM所蔵の標本」で、それに詳しい教員の解説により展開します。制作ポイントは、視聴者が「へぇ~そうなんだ」、「なるほど」という感想をもち、最終的には視聴者が「実際にMSMに来て」、その「標本を見たい」、あるいは「この標本見たことがある」という行動を起こさせる展開をめざしています。今後は、「雲鷹丸」、「魚類の透明標本」、そして「蟹」(それぞれ仮称)の発信を予定しておりますが、残念ながら、制作予算不足のため、現在頓挫しております。なんとか制作費を捻出して継続的な発信をしていきたいと思います。

  鯨ギャラリー

 博物館を利用して、教育・研究を活性化させることは重要です。その中で、学生がいかに自分の感覚で、自分との接点でモノを見ようとするか、これは大学教育に関わる者として導入課題の一つであると考えます。MSMは、多分野にわたる自然史標本を主とした学術標本を保管・展示しています。学生が、それを自分の関心とどのように結びつけるか、自分のリアルな感覚との接点を見出せるかで、本学教育課程における勉学・研究のモチベーションが生まれるのではないでしょうか。世界各地のものを目の前で見られるというのが博物館の価値の一つです。国立民族学博物館初代館長であった梅棹忠夫氏の言葉に「博物館という名前ではだめだ、博情館であるべきだ」があります。そういう意味で、自然でも文化でも歴史でも、学生の最初の関心の糸口を、本企画が提供することができれば、次の新しい世界につなげることができるのではないでしょうか。今日のような高学歴化した社会では、生涯学習として求められる知的内容も啓蒙的なものだけではなく、学術研究に匹敵するものへの要求も高まってきています。このことは、公私立の博物館とは異なった内容を持った大学博物館が期待される理由でもあります。本企画の実施、そしてさらなる展開により、大学の学術研究と生涯学習を繋ぐ窓口として大学博物館の活動範囲は、より大きなものとなっていくことが期待されます。

 ある個人のHPにこんな記述がありました。「大学なんて卒業してから行ってないなぁ、なんていうアナタ、大学博物館に遊びに行ってみてはどうだろう。大学は勉強するだけでなく、楽しめる場所だと強く実感してもらえるはずである。」

(東京海洋大学海洋環境科学科教授、兼任ミュージアム機構マリンサイエンスミュージ アム館長)

TOP