書評『島の暮しを支える漁業と生業』乾 政秀(18製大)著
池ノ上 宏(12増大)

定価 6,600円
ISBN:9784790604068
著者は現役引退後に11年半かけて、人が居住していてしかも本土と橋などでつながっていない島(有人離島)のほとんどすべて、322島を旅して島の状況を克明に記録した。旅した島のうちの83島が本書に収録されている。B5判、287ページ、二段組みというかなりの大部で、密度の濃い内容であるが読んでも疲労感を感じないのは、けれん味のない簡潔明瞭な文章で書かれていて読みやすいからである。
第1章.小さな離島の暮しと漁業、第2章.漁業の6次産業化に取り組む島々、第3章.宮城県離島の震災復興の現段階、の3章から成っていて、各章とも一つひとつの島についての完結した記述から成っている。そのため初めから通して読み進める必要はなく、どこから読んでもよいことも本書の読みやすさの要因である。
著者は株式会社水土舎を創立して長い間、全国各地で漁村振興策や漁業環境の維持・整備策を策定する仕事に携わってきた。そのなかで磨かれた高い情報収集と沿岸集落を観察・分析する能力が、本書執筆のなかでおおいに発揮されている。本書が臨場感あふれる島の記録になっているのは、それに加えて著者が広い視野をもっているからである。
本書は単なる島旅の旅行記ではなく、離島という地理的領域で人々がどのように暮らしてきて、現在どのような状況にあり、今後どうなっていくかを、漁業という生産活動を切り口にして洞察している。綿密な事前調査や、現地における聞き取り調査と徹底した資料収集などによって得られた情報に基づいて、漁業の変遷についての記述に力点を置いている。
しかし、著者の関心の対象は漁業に限らず、農業、林業、製造業、流通業、観光業、社会インフラ、共同体組織、伝統文化、信仰、そして人々の日々の暮しの有様に及んでおり、共同体の再生産を支える小中学校の消長にも光を当てている。島に渡ると徒歩、自転車、自動車で島内をくまなく周り、島に宿泊し、島のものを食べるよう努力をしたという。このような島との向き合い方は並みの旅行者のできることではない。本書が単なる旅行記を超えるものになっている所以である。
著者は『島嶼コミュニティー研究』第4号2017年に掲載された「長崎県小値賀島の属島におけるコミュニティー維持の条件に関する考察」という研究ノートにおいて、離島のコミュニティー維持の条件は、第一に経済基盤の多様化、第二に時代変化や消費ニーズを踏まえた産業の導入、第三にコミュニティーの伝統文化の存在、と結論づけている。まさに正鵠を射ているが、いずれも満たすのが容易でない条件である。また、『樂水』誌上で、近年の沿岸水産資源の壊滅的な状況について盛んに警鐘を鳴らしている。
水産資源そのものが温暖化、乱獲、人為的な環境破壊などによって減少している上に、漁業者の高齢化や後継者不足によって沿岸水産物の供給側が細くなっている。それと同時に、食生活の簡便化や安易な輸入品への依存によって需要側も細くなっている。沿岸漁業はまさに閉塞状況に直面しているのである。離島の社会経済的状況は、内陸部の限界集落、地方零細都市のシャッター街化、大都市における孤独死などの問題とも重なっている。
これらは、あらゆる分野で生産と消費が空間的、時間的に乖離し、人々の行為の価値が金銭の多寡だけで評価される社会においては必然的に起こることであろう。著者が千葉県鋸南町で農業を実践しているのは、そのような現状への抵抗でもあるのではないだろうか。
本書は、離島や沿岸漁業ばかりでなく、日本列島の現状や将来について考える際に様々な示唆を与えてくれるが、さらに著者に期待することがある。全322島での調査は21世紀初頭における離島についての悉皆的調査という点でも貴重なものなので、本書に掲載されなかった239島についての記録も本という形にまとめておくということである。それは、海や内水面に接して生活する人々の共同体に関する民俗学的調査記録として、網野善彦、宮本常一ら日本常民文化研究所を中心とした海民の歴史学、民俗学研究者たちの業績に比肩するものになるだろう。









