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2021.11.01 17:05

新型コロナのワクチン事情(後編)

田中 幸二(15増大)

3.日本は医療大国といわれながらCOVID-19に対するワクチン開発がかくも遅れているのだろうか

 この疑問をお持ちの方はたくさんおられるのではないでしょうか。私が思うに原因は開発する側の企業、医療行政を担う厚労省側双方にあるのではないかと考えます。

 まず、企業側にしてみれば今回のようなパンデミックがない限り日本におけるワクチンビジネスの市場規模は比較的小さく、世界市場は4社のグローバル企業に9割を抑えられている現状を踏まえると、開発コストが回収できるかどうか不安があります。このためワクチン開発のインセンティブにとって小さいと言えましょう。流行すると国民の生命財産に甚大な被害がでるおそれのある法定伝染病のようなものに対しては、一定のワクチンを備蓄しておくことは国の政策として必要なことであり、特定の企業に補助金を出して生産させ、そのすべてを国は買い上げるシステムをとっています。しかし生産設備の維持に毎年十数億円が必要であり、この設備費は企業側の持ち出しとなリます。これだけを基盤に積極的にワクチン開発に乗り出せない事情もあります。

 一方、国としては1970年代以降、相次ぐ予防接種禍の集団訴訟で国が続けて敗訴し、ワクチン政策が及び腰になっています。本来、未知の感染症から国民を守るワクチンの開発技術を育てておくことは国の責務です。その機会が近年あったとすれば、2009~10年の新型インフルエンザの世界的流行に違いありません。
 日本でも推計約2,000万人が感染し、200人余が死亡しました。流行がほぼ終息した2010年6月、政府の有識者会議は報告書で、「国家の安全保障という観点から」としたうえで、ワクチン製造業者の支援や開発の推進、生産体制の強化を提言しました。しかしこの提言は生かされず、結果として今日の状況をむかえることになってしまいました。

 昨年5月、政府はワクチンの研究開発や生産体制整備に約2,000億円の補正予算を組みました。一方、米国は同月、1兆円以上を計上しました。予算規模の差が影響した面はあるにしても、では日本でも1兆円の支援があれば開発できたかというと、おそらく無理であったでしょう。平時の研究開発の蓄積の差が大き過ぎるからです。今回のことを教訓に国は平時の備えを抜本的に見直す必要があると思います。また次のパンデミックはウイルスによるとは限りません。抗生物質が効かない細菌の出現もかなりの現実味を帯びています。

 抗生剤は一定以上の生産量を超えると必ず耐性菌が出現します。このことは安易に抗生剤を使用することへの警鐘である一方、抗生剤市場の縮小を意味し開発企業の意欲を削いでいます。かつて日本は抗生剤の使用量世界一位で多くの企業が新たな抗生剤の開発を巡りしのぎをけずった時代がありました。欧米諸国はこの現象にまゆをひそめ、日本の規制当局も学会、医療機関に対し、安易な使用を戒める啓蒙活動を強める一方、新たな抗生剤の許認可のハードルを上げました。がん治療のための放射線治療の導入、抗がん剤、免疫抑制剤の多様化も、効かない抗生剤の出現を早めています。ウイルス対策のみならず、国主導による耐性菌の出現の予防策、同時に製薬企業による新たな作用機序を持つ抗生剤の不断の研究も忘れてはならない事柄と思います。

4.新型コロナ感染の出口戦略

 現在多くの専門家の間で議論されていることは有効とされるワクチンが開発されてはいるものの、このウイルス感染を完全に駆逐することは不可能なのではないかということです。ではゴールはどこかということになりますが、あくまでも予想の域をでませんが、マスクや三密を気にしないで普通の疾患として対応していくということではないでしょうか。

 そのためには第一に、一部の免疫系の基礎疾患などがありワクチン接種のリスクの高い方を除き可能な限り多くの方にワクチン接種をしていただくこと、7割の国民の接種を終わらせることが集団免疫の獲得を可能にするであろうとの感染症の専門家の意見があります。接種を終えても、依然として感染のリスクは残りますが、重症化を免れることはエビデンスとして確立しています。

 第二には強力な抗炎症剤デキサメサゾン、IL6を抑制するトリシマブ、エボラ出血熱治療薬レムデシビルに加え、最近承認されたカシリビマブとイムデビマブによる抗体カクテル療法の様な、より軽症なうちに早期の治療を開始するための治療法の開発と、より速い診断方法の確立が大切です。余談ですが、近年薬剤名の末尾に×××マブ、マブという文字の付くものが増えてきました。これはWHOが新規医薬品の一般的名称を承認する際の約束事で、Monoclonal AntiBody(MAB)つまり免疫系に係るB細胞がつくる単一抗体であることを意味します。最近の抗がん剤、抗リウマチ剤、抗ウイルス剤には化学的に合成される化合物から免疫系に作用する生物製剤に様変わりしており、分子生物学の進展とともに医薬品開発の視点も化学の世界から生物学の世界にシフトしつつあります。生物学を主体に専攻する海洋大の学生諸君も、将来の視野の一つとして捉えてほしいものです。

 一方、イギリスは2021年8月の時点で国民の60%以上がワクチン接種を終えた環境下で感染者は未だ3万人を超す段階ですが、マスク着用の義務を外し、スポーツ観戦やライブコンサートの開催を再開し、テスト的にとうたってはいますが、あたかも新型コロナと共存していく方針を打ち出したかの如く、どのようにコロナ感染者の数、重篤度、死者の数と社会活動との関係があるか、詳細なデータを収集し分析する試みを開始するにいたりました。いつまでも、コロナのために経済活動の抑制やコロナ患者優先の医療体制を維持することからの脱却を図り、通常の社会活動にもどるための試みをおこない、コロナウイルスと如何にして共存していくかを模索始めた感があります。インフルエンザとの共存があたりまえであると同様にコロナウイルスとの共存を出口戦略として模索しはじめた感があります。この進捗と結果を慎重に見極め、新たな内閣は適切に国民的な合意を形成し、我が国でも出口戦略を実行していくことが求められることになるのではないでしょうか。

                     (雲鷹丸合唱団 団員)

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