“神鷹丸Ⅳ世”の誕生
林 敏史(36漁工36専)
東京海洋大学海洋科学部漁業練習船の代船として新しい神鷹丸が2015年(平成27年)11月25日に進水しました。二年という短い工期ですが、設計とも十分に相談しながらほぼ予定通りの工程となっております。現在は艤装に入って3月31日の引渡し式に向けて、急ピッチで工事が進んでいます。4月からの就航を前に最後の追込みです。
進水式の神鷹丸
海上運転試験での神鷹丸Ⅳ世(三菱重工業)
○神鷹丸の歴史
歴代の神鷹丸は、昭和12年(1937年)から現在まで79年間引き継がれ、来年度から4代目となります。
1.初代は、235.97トン 昭和12年から昭和38年までの26年間と長い実績をもちますが、日中戦争勃発し第2次世界大戦に突入していく、1937年(昭和12年)から1963年(昭和38年)汽船(鋼製)235.97トン(全長35.56m)で就航しました。
水産業界に寄与すべく、トロールやマグロ延縄漁業のほか近海漁業としてのカツオ釣りや流し網漁業等、様々な操業を行うことができる「多目的漁業練習船」として建造され、農林水産大臣によって李白の詩「神鷹夢澤不顧鵰、為君一撃縛鵰九天」から神鷹丸(しんようまる)と命名されました。
1937年日本一周航海、1939年中国訪問航海、1946年(昭和21年)小樽沖戦後初のトロール漁業実習、1952年明神礁海底火山噴火調査航海、1958年(昭和33年)バチスカーフ号の支援船として日本海溝調査航海を実施する多方面で活躍しました。
神鷹丸Ⅰ世
神鷹丸Ⅱ世
東京水産大学100周年史より(バチスカーフの調査支援船)
2.Ⅱ世は、387.07トンで昭和38年から昭和59年まで21年間活躍しました。
サイドトロールや延縄漁業を中心に赤道漁場開発としてマグロ延縄操業、昭和41年日米科学者による黒潮調査、昭和42年北方領土墓参、昭和50年沖縄海洋博に参加した。西ノ島新島調査などが行われました。
東京水産大学100周年史より(明神礁調査と西ノ島新島調査)
3.Ⅲ世は、649.00トンとなり、昭和59年住友重工業浦賀工場で建造されてから平成28年まで約31年間、船としては大変長い期間使用での練習船となっています。
昭和61年学部初の長期航海としてベンガル湾マグロ延縄漁業実習を開始し、海賊騒動が起こるまで約十数年間実施されました。その後、西太平洋に変更して延縄操業実習を実施しました。この数年は学内経費の関係もあり、沖縄東方海域での延縄操業となっていました。
神鷹丸Ⅲ世(住友重工業浦賀工場)
神鷹丸Ⅳ世とⅢ世(三菱重工業下関造船所)
○新しい“神鷹丸”
まだ正確なトン数は計算中ですが、総トン数は649トンから975トンの約1.5倍、長さは60mから65mに、船幅も1.5m、乗員数は69名から76名に、それぞれ増加しています。
推進機は、2軸の電気推進となり、騒音や振動が少なく、調査観測実習で正確な測定ができるようになります。また固定点にとどまる操縦システムを有し、調査観測に大きな利点となります。主機は無くなり、3つの大型発電機からの電気でモーターを駆動するため、消費燃料は約2倍と増加することになり、エネルギー効率的にはエコではないかもしれません。
船橋(航海当直側)
船橋(実習区画・調査区画・無線区画)
○各種設備
1.漁労設備
漁労設備として、トロール(底引き・中層曳・LCネット)装置、LED漁業灯での自動イカ釣機、GPSブイ付き延縄漁労装置が設置され、新たに流し網漁労装置が配置されました。いずれも最新の材質による漁労装置となっております。流し網においても、数種類の異なった目合いでの網を使用し、資源量解析を目的としています。
観測実習関係機器の大型格納庫
ドック中の神鷹丸(2軸電気推進)
2.観測設備
観測設備として、CTD観測装置(塩分・水温・溶存酸素・光量子ほか)は直径8mm長さ7000mのトラクション機能付きウインチとCTDクレーンが一体(アメリカダイナゴン製)となっており、より安全な観測に対応しています。その他ウインチは、直径12mm長さ3000mトラクション付の多目的アーマードウインチ、直径9mm長さ4000mステンレス製の一般観測ウインチの3台のウインチを1段上のデッキに設置しています。また時化の時でもワイヤーに過負荷がかからないようにトラクション機能付きのBTウインチを船首甲板上に設置しています。 船底のソナードームからは、水中音響機器として、海底の精密調査を行うために、海底地形計測のマルチナロ-ビーム、海底下層も探査できるサブボットムプロファイラ、水中での位置を測位できるトランスジューサー、魚群を計量する6周波の計量魚群探知機、長音波式多層流速計、全周型スキャニングソナー、漁網監視装置、表層生物環境モニタリングシステム等、設置しています。
船尾のA型フレームは、水面にできる限り近づくように、二段階での起倒式となっています。機器がスムーズに海中から揚収できるようになりました。
ネット類は、環境センサー付多段階開閉ネット、コッドエンド開閉式多段階仔稚魚採集ネットなどの観測用ネットが新規で導入されています。
○居住区
法定となっている消防設備や救命設備などに規定された構造や材質はもちろんのこと、近年検定を受けている最上の材料を使用しています。当初、国土交通省の木造建築技術先導事業に推奨した、生理人類学的デザインを希望しましたが、船舶への対応がまだ追いついていないことから、残念ながらあきらめざるを得ませんでした。
いままで船内の水面下にあった乗組員や学生の居住区は、調査員区画を除き、全て水面上に設置しました。船は後ろ屈みから水平となり、人間の姿勢に対してもやさしくなっています。船窓から外を見ることができ、日光を直接感じることができるようになりました。学生寝室は6人部屋から4人部屋に、乗組員は全て個室にすることができました。
後部甲板
端艇甲板(ウインチ類)
また強い要望から研究室を最大限に拡大しています。しかし、トン数制限から、倉庫スペースが無くなったため、航海毎に必要な機器を積み下ろしすることになっております。
風呂場は、スチーム噴霧装置とヒートショック対策のヒータを設置し、冷たさを感じない特殊タイルを採用して、衛生環境を整備しました。
厨房や洗面所・洗濯場などは、タイルを使用せず、特殊床材を使用し、ひび割れせず、光沢があり、滑り止めも調整できる塗料を用いました。
厨房には、スチームコンベクションやIH対応レンジ、魚焼き器、食器自動洗浄機に保管庫を有し、食器はセラミック製で統一しています。
食堂(学生・乗組員・職員・調査員共同)
学生教室
トン数制限とあらゆる実習に対応するため、倉庫やサロン、船長公室、士官食堂、談話室を兼ねた乗組員食堂を削減し、研究室の配置を充実させました。食堂は乗組員と学生とが一緒となり、乗組員は個室にする代わりに談話室が無くなりました。長い航海で弊害が出ないよう、海外での税関や検疫、入国審査をどこでおこなうか、客室対応をどこでおこなうか、食堂や教室の運用方法を考えていかなければと思っております。
各部屋には、モニターと冷蔵庫など、ユニットバス以外のビジネスホテル程度のアメニテイとなっています。また、通信環境は、沿岸であれば、船内どこでもネット(WIFI)が繋がるLAN環境を作っています。
乗船した学生達や乗組員には、タブレット型コンピュータを携帯し、サーバーから必要な情報、例えば、図面などのファイルを開き、自由に拡大して、必要な語句や取扱説明、詳細図を現場に出かけて、その場で確認できるようになっています。
学生実習用の観測野帳や全ての記録は、サーバー経由した船全体からの情報を、それぞれ必要な情報を選択し、定時的に自動的にファイルを作成し、確認できます。またそれらのデータに追加できるように、タブレット型コンピュータを片手に持って、観測や機器数値の必要なデータを打ち込んでいくことも可能です。
乗船した学生達の修学環境を整え、船上での実習や調査、研究の成果向上を計り、居住性を高めることによって、海上への興味や理解を更に深める方向に進めばと思っております。
水産系学部と新たな学部との両学部への対応
水産系学部に加え、海洋資源環境学部(仮称)が誕生します。漁業練習船“神鷹丸”も漁労作業実習設備に加え、海底資源調査観測実習のための、マルチビームソナーからのデータを解析しての海底地形図作成、エアーガンとストリーマーによる海底地質や海底下の研究調査実習、AUVやROVに対応し、全ての甲板に可搬式コンテナを5台まで設置できる固定用金物を配備しています。
1000トン未満の船舶で、50トン以上のコンテナを配置するのはバランス的に困難だと思われましたが、造船所設計の努力で、安定な配置となっています。
国の方針である海洋産業発展のため海洋政策となっている「船員の養成」、「水産業の活性」、「海洋資源の産業化への準備組織」への人材育成と輩出の役割の一端を背負う大学として、実習教育に特化した洋上キャンパスとしてのこの練習船“神鷹丸”が国を中心とした各界からの期待に応えるよう、大学として努力していくものと考えております。
明治初期にいろいろな学校ができては、つぶれていくものもあるなか、日本において、水産国として、その地位を築き、多くの練習船を供与いただき、国の中でのその役割を全うし、これまでの歴史に責任を感じるとともに、ずっと先端を走ってきた卒業生である先輩方の活躍の成果であると実感しております。次世代に続くよう運用していければと思っております。(船長、教授)