被災した水産資源の回復に向けて
日下 啓作(42海洋31修)
7月の九州北部豪雨で被災された方々に対し,心からお見舞い申し上げます。被災者の方々が一日も早く元の生活に戻れますようお祈りいたします。
東日本大震災から6年が経過し,内陸で生活している範囲では震災の面影を見ることはほとんどなくなりました。しかし,気仙沼・女川・石巻・塩竈などの沿岸部へ行ってみると,地域によって差はありますが,水産業関係をはじめ事業所の本格復旧や漁港背後地の嵩上げ,道路建設など大規模な工事が今も進行中であり,一度失われた街の再建がいかに大変であるか実感させられます。
震災被害は陸域にとどまらず,沿岸域の海も大きな被害を受けました。中でも,エゾアワビ・キタムラサキウニなどの磯根資源や藻場・干潟など浅海漁場に対する被害は今でも尾を引いています。今回は,震災後の磯根資源の状況と干潟復旧の取組について簡単に触れたいと思います。
1点目は,磯根資源を取り巻く状況についてです。
エゾアワビ(以下,アワビ)は大津波の物理的な撹乱によって稚貝が被災したことに加えて,震災翌年に冬季海水温が著しく低下し,稚貝の生残率が低下した影響等で,震災後数年間にわたって新規加入が低迷したと推察されています。一方,キタムラサキウニやバフンウニ(以下,ウニ類)は,震災直後は一時的に減少したものの,その後速やかに分布が回復しました。キタムラサキウニは生息密度が200g/m2以上*1(宮城県では成体でおよそ2~3個体/m2)で藻場に影響を及ぼすと言われていますが,この密度を大きく超える漁場が宮城県沿岸で認められており,ウニ類の食害によるアラメ・コンブ等の海藻類が消失する磯焼けが散見されています。これにより,エゾアワビの資源回復がさらに遅れたり,餌となる海藻類の不足によって身入りが悪化したウニ類が漁場に残され,さらに磯焼けが持続する悪循環に陥ることが懸念されています。
実際に,私が現場で潜水調査に携わっていた2012年から2014年,ある漁場では毎年のように稚ウニの加入が観察され,ウニ類の生息密度が年々増加した一方で,アラメは当初水深4m程度まで繁茂していたものが徐々に水深2m程度までしか確認されなくなり,やがてこの地点ではほとんど繁茂が認められなくなりました。このような漁場のアワビ・ウニ類は身入りが悪く,品質検査の段階で規格外に区分されてしまう割合が高くなる傾向があります。
ウニ類の有効活用や磯焼け解消のため,地区によっては磯焼け海域から取り上げたキタムラサキウニを海中で畜養し,身入りを向上させてから出荷したり,過剰なウニ類を駆除する等の取組が試験的に行われています。しかし,漁場の面積や膨大なウニ類の数に比べれば人の手で行える作業量など微々たるものであり,少々のウニを漁場から取り除いただけでは効果は望めません。このため,今後は漁場のウニ類の生息密度を管理できる十分な体制を整え,継続的に取組を行っていくことが不可欠となっています。
宮城県では,被災した磯根資源の回復や震災後の磯焼け解消のため,アワビ・ウニ類の分布や藻場のモニタリング調査を行ってきましたが,これまでの調査で得られた知見や漁業者との情報交換などを踏まえて,有効な対策を早期に立案し,現場での取組をサポートしていきたいと考えています。また,復旧整備された県の種苗生産施設ではエゾアワビの種苗生産を再開しており,今後,震災前と同等規模で種苗放流を継続的に行っていくことで,アワビの資源回復の一助となることが期待されています。
次に干潟復旧の取組についてです。
震災前,松島湾内や石巻の万石浦には天然または人工的に造成された干潟がありましたが,その多くが津波や地盤沈下によって消失したため,国の補助事業を活用して干潟の復旧事業が行われています。事業の主なねらいは,干潟の機能回復による閉鎖性内湾域の漁場環境を改善することですが,同時に,アサリ資源の回復による漁業者の収入向上も期待されます。幸い,県内沿岸では震災後に生き残った天然アサリを由来とする稚貝の発生が確認されていましたので,適当な稚貝の着底場所さえ用意できれば,アサリの増殖は比較的容易に実現できると考えられました。
万石浦では今年5月,復旧された干潟で7年ぶりにアサリの漁獲が行われました。出荷量は震災以前よりは少なかったものの,カキやノリの養殖に次ぐ重要な収入源が復活することへの漁業者の期待は大きいものがあります。松島湾内の干潟でも新たなアサリ稚貝の生育が認められ,順調に行けば来年から漁獲が再開される見込みとなっており,被災した水産資源の回復に向けて,また一歩前進することが期待されています。
(宮城県水産業基盤整備課)
参考文献
*1 菊池省吾・浮 永久(1981):アワビ・ウニ類とコンブ類藻場との関係.水産学シリーズ38 藻場・海中林(日本水産学会編),恒星社厚生閣,東京,pp.9-23.