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2019.02.01 14:53

フグを巡る最近の関心ごと

長島裕二(28食生17修)

 フグは日本の食文化を代表する食材の一つで、冬の風物詩として欠かせない。フグの魅力は毒をもつことで、毒魚を料理として安全に、おいしく、そして美しさを提供する術は他にはない。なんとしてでも美味しいものを食べたいという貪欲さと、困難を克服してきた先人の努力と工夫、知恵と技術にただただ敬服するばかりである。
 日本におけるフグ食の歴史は古く、縄文時代の貝塚からフグの骨が多数出土されている。西日本でフグ食は普及しているが、東日本ではフグは高級魚として君臨しており、フグを食べる機会はそう多くない。さらに、北日本ではなぜかフグの毒力が高い傾向にあり、フグ食の習慣がないところが多かった。
 しかし、流通や情報の発達と広域化により、フグ食が全国に広がった。また、毒のある魚を食べる(正しくは、毒のない種類の毒のない部位を食べている)というもの珍しさとフグの上品な味わいが、寿司になじんだ外国人にも受け入れられ、フグ食はインバウンドの目玉の一つになっている。
 楽水会から、最近よく耳にする交雑種フグの出現と、各自治体で異なるフグ取扱資格の全国統一化の動きについて解説を依頼された。筆者は、フグ毒を研究対象としてきたため、生物としてのフグや行政に関することは専門ではないが、筆者の知る範囲で述べてみたい。

1.交雑種フグについて 

 1.1)交雑種フグの問題点

 分類学上、フグ目は10科103属412種が知られ、多くのフグ類は熱帯海域に分布しており、温帯域に生息するのはトラフグ属など限られたグループにすぎない(文献1)。一般に食用されるフグはフグ科の魚類で、フグ毒テトロドトキシンをもつフグはフグ科に限られている。イトマキフグ科、ハコフグ科、ウチワフグ科、ハリセンボン科のフグはテトロドトキシンをもたない。食用ならびに食中毒で問題になるのはフグ科であり、通常言われる“フグ”はフグ科を指すことが多いので、以後、特に断りがない限り“フグ”はフグ科魚類を指すこととする。
 日本で食用として重用されるのはトラフグだが、トラフグ以外にも15種のフグ科、ハリセンボン科4種、ハコフグ1種のフグについては食用が認められている。ただし、食用できる部位は「筋肉、皮、精巣」に限られ、肝臓をはじめ内臓は毒の有無にかかわらず食用できない。
ここで注意したいのは、フグの種類によって食用可能な部位が異なる点である。例えば、トラフグでは「筋肉、皮、精巣」の3部位すべてが食用可だが、マフグでは皮の毒性が強いため皮は食べることができず「筋肉と精巣」だけが食用可となっている。また、クサフグ、コモンフグ、ヒガンフグでは精巣も有毒なため「筋肉」のみ食用適とされている。このように、フグの種類によって有毒部位、いいかえれば食用可能部位が異なる点が、フグ食の安全を困難なものにしており、専門的な知識と技能がないと対応できない。
フグの種を正しく判別することが、フグ食中毒を防ぐ上でとても重要なのである。したがって、フグ種がわからない、正確に同定できないということは、フグ食中毒に対する極めて大きなリスクであり、交雑種フグの問題と危険性はここにある。

 1.2)交雑種フグの毒性

 意外に思われるかもしれないが、交雑種フグの出現は近年急に起こったわけではない。トラフグとカラス(烏と間違えそうだが、トラフグの近縁種でれっきとした標準和名。トラフグに比べて体色が黒っぽく、尻鰭が黒いため、「カラス」と名付けられたのかもしれない)の自然交雑種はよく知られているが、その他にトラフグとマフグ、トラフグとゴマフグ、マフグとゴマフグ、ナシフグとコモンフグ、ショウサイフグとゴマフグ、シロサバフグとドクサバフグの交雑と推測されるフグが漁獲されることがある。フグの自然交雑には、異種のフグの産卵時期と産卵場所が重なるなどの条件が必要で、地域的な特徴があるように思われる。
 水産業ならびに商業上問題になるはトラフグとの交雑種で、上述のように、トラフグの食用可能部位は「筋肉、皮、精巣」だが、マフグは皮が有毒である。トラフグとマフグの交雑フグの有毒部位や毒性はどうなるのだろうか。フグがどのようにして毒化するのかというフグの毒化メカニズムが完全には解明されていないため、便宜上、両種に共通する食用部位に限って食用を認めることになっているが、科学的根拠があるわけではない。
 筆者らは、山口県水産研究センターと共同でトラフグとマフグの交雑種と推測されるトラフグ類似個体の毒性調査を行った。調べた95匹のうち、6匹の皮から毒性が検出され、最高毒性値は220マウスユニット/gであった。マウスユニットとは、フグ毒の毒力を表す単位で、この“220マウスユニット/g”は、皮1gでマウス220匹を殺すほどの毒をもつことを示す。ちなみに、ヒトの致死量は10,000マウスユニットと推定されているので、この毒力をもつ皮45gでヒトの推定致死量に達する。
 山口県では、交雑種フグは食用に提供しないことはもちろんだが、漁獲された交雑種フグは海に戻さず、廃棄するよう指導している。これは、交雑種フグがさらにF1同士での交配、トラフグやマフグと戻し交配することを防ぐためである。フグが雑種化した場合、外観の模様や形態から種を判別することは不可能であり、雑種フグの毒性がどう変わるのか予測することはできない。

 1.3)ショウサイフグXゴマフグ交雑種フグ

 最近、ニュース等で報道され問題になっているのが、常磐から三陸沿岸でみられるショウサイフグとゴマフグの交雑種である。以前から、常磐沖で漁獲されるショウサイフグ(尻鰭は白く、体表はなめらかで小棘はない)に、尻鰭が黄色で、背部に小棘のあるヘンなショウサイフグが時々獲れることがあった。これについては、水産大学校のグループが精力的に調べており、出現頻度が年々増えているという。ショウサイフグとゴマフグの交雑は、地球温暖化とそれに伴う海流の変化により、日本海のゴマフグが北上して津軽海峡を越え、太平洋側でショウサイフグと交雑化したと推測されている(文献2)。
 フグ分類の第一人者の松浦啓一博士(前国立科学博物館。19増大)から、フグは進化途中の魚であり、将来ますます種が増え、複雑化するという話を聞いた。現在のところ、フグの毒化はフグが食べる餌に由来するとされているが、フグはなぜ種によって毒力が大きく異なり、有毒部位が違うのか、いまだに明らかになっていない。このため、交雑種フグは食用を避けた方がよい。フグの種類を確実に判別できない場合や見慣れないフグは、「食べない、売らない、人にあげない」ことが、簡単かつ最も効果的なフグ食中毒防止法といえる。

2.フグ取扱資格の全国統一の必要性について

 2.1)毒魚のフグを食べていい根拠

 日本ではなぜ毒魚であるフグを公然と食べられるのだろうか。国民の健康と食の安全をまもるために制定されている「食品衛生法」により、有害有毒な物質を含むものは食用が禁止されている。したがって、テトロドトキシンという強力な神経毒をもつフグは当然食用できないことになる。つまり食品衛生法上、毒をもつ魚であるフグは食用できない。毒キノコが食用禁止になっているのと同じである。
しかし、日本では古来フグを食しており、有毒部位を除くなど適切な処理(これを“除毒”という)を行えば安全に食することができ、除毒のための知識と技術が確立していたことから、例外的に食用が認められているのである。
1983年に厚生省環境衛生局長通知「フグの衛生確保について」で、上述のフグ科16種、ハリセンボン科4種、ハコフグ科1種の「筋肉、皮、精巣」が食用可能なものとして定められた。

 2.2)現行フグの取扱資格の問題点

 フグ食の安全を確保するため、国の通知に加え、各都道府県自治体が除毒等のフグ取扱資格を設け、都道府県知事がフグを取り扱う人と施設に許認可を与えている。資格がない者や場所ではフグの販売等はできない。
このシステムは有効に機能しているように思えるが、大きな問題を孕んでいる。その問題とは、フグ取扱の基準と資格が各都道府県で違っている点である。東京都、埼玉県、神奈川県などでは筆記試験と除毒の実技試験を行う一方、講習のみでフグ取扱資格が得られるところもあり、実にさまざまな資格基準になっている。このため、資格の名称もばらばらで、東京都と埼玉県は「ふぐ調理師」、神奈川県は「ふぐ包丁師」、この他「フグ処理師」、「フグ取扱者」、「フグ処理資格者」「フグ処理登録者」もある。このように、地域によってフグ取扱に関する知識や技能に大きな格差がある。
フグ取扱資格は、一部の例外を除き、取得した都道府県内でしか通用しない“ローカルな資格”であるため、他県に異動した場合、あるいは広域的に販売等を行う場合、それぞれの自治体からフグ取扱資格を取得しなければならない。
 フグが県内の狭い地域で流通、販売、消費され、都道府県内の統治でおさまるローカル色の強いものであった時代には何ら問題はなかったのだろうが、今や食材や食品が全国的に流通し、通販等で販売されているときに、安全に対する最高度の知識と技能が必要なフグ取扱資格が都道府県で異なることは、地域によるフグ食中毒のリスク格差をつくりだしていることになる。
 また、フグの輸出に関して、国の統一的な基準に基づいた安全証明がないため輸入国で信頼が得られず、安全なフグの海外輸出とフグ食の国際的な普及の足かせになっている。
 
 フグ食は、先人たちが多くの犠牲を払いながら永年の経験を積み重ねて作り上げた日本の食文化の最高傑作である。フグ取扱制度を早急に国際基準化して、最高峰の食の安全確保技術と制度を世界に普及、アピールしていきたいものである。

【文献】
1) 松浦啓一:第1章フグ類の分類と生態.「毒魚の自然史」(松浦啓一、長島裕二編著)、北海道大学出版会、pp. 3-32、2015.
2) 産経ニュース:毒の見分け困難な「雑種フグ」の急増、温暖化で生息域変化・・・食中毒懸念も.2018年10月14日

(東京海洋大学名誉教授、新潟食料農業大学教授)

 

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