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2020.07.02 17:29

トルコのカタクチイワシ噺

天羽 オズトゥルク 綾郁(37増殖・27修・6博)

自己紹介
 1989年東京水産大学資源増殖学科卒業。1995年大学院博士課程修了。1996年からイスタンブル大学で講師を務める。専門は鯨類の生物学と保護。

トルコに来てから四半世紀                          

筆者(パラオにて)

早いもので1992年11月に初めてトルコの地を訪れてから、もう四半世紀が過ぎてしまった。博論テーマであったマイルカというイルカのサンプリングのため、黒海に調査に行くことになり、当時、海洋環境工学科の教授であった木原先生にトルコの研究者を紹介して頂いた。その中の一人であるイスタンブル大学水産学部のバイラム・オズゥルク氏に大変お世話になった。その人が1995年に結婚した私の夫である。
 彼も私もトルコの海洋研究と保護の活動に少しでも貢献したいと思っていたので、1997年にはトルコ海洋研究基金というNGOを設立した。(詳しくはwww.tudav.orgをご覧ください。)トルコは大変な親日国であり、エルトゥールル号の遭難に始まる日土友好のエピソードもご存知の方が多いと思う。今回はトルコと水産について題材を模索中、天洋丸の煮干し(同級生の竹下敦子さんがご主人と一緒に製造・販売をしている)をつまんでいて、ピンと閃いたカタクチイワシについて書かせて頂きます。


トルコ人は魚を食べない?!

 さて、トルコというと地中海産クロマグロが有名、と思っている水産業界の方も多いかもしれない。しかし、トルコ人は本来遊牧民族であり、肉食文化が圧倒的に強い民族である。肉料理はバラエティーも多く、牛肉や羊肉は風味に溢れている。そのためか、魚介類はもっぱら高級なシーフードレストランで頂くか、サバサンドのようなストリートフードが主である(ちなみにこのサバはノルウェー産の冷凍サバ)。実際トルコ人の年間魚介類消費量は7-8kg程度で、日本はもちろんのこと、ヨーロッパに比べても低い。しかし、私が思うに、全国的な消費量はかなり偏った分布を示すと思う。なぜかというと、魚をよく食べるのは黒海地方に住む人や黒海出身の人たちが多いからだ。因みに私の夫も黒海出身で魚をよく食べる。


黒海の魚-カタクチイワシ

 その黒海の人々が一番好んで食べるのはカタクチイワシだ。カタクチイワシは正式にはヨーロッパカタクチイワシ、学名はEngraulis encrasicolusといい、日本のカタクチイワシとは同属だが異種である。トルコ語ではhamsi(ハムスィ)といい、黒海の人々にとって魚=ハムスィと言うくらい好まれている。水揚げでも全漁獲(322千トン)の約半分(158千トン)をしめる(TUIK, 2017)。食用になる他、肥料や餌料にも使われている。毎年漁が解禁になる秋頃から獲れ始めるが、脂がのって一番美味しくなるのは12-1月の魚である。黒海の人々があまりに好きなので、ハムスィは度々ジョークや小噺にも登場する。例えば黒海にはハムスィの色々な料理の他にハムスィ石鹸やハムスィ香水もある、など。また、ある人が黒海の人に、「マグロ、スズキ、タイ、アジなど、どの魚が好きかい?」ときくと、「その中には魚はないよ。魚はハムスィなんだから。」という小噺もある。黒海沿岸のお土産屋さんにはハムスィのキーホルダーやマグネット、Tシャツなどが並ぶ。こんなに一種の魚をこよなく愛する人々も珍しいのではないか、と思わず笑いがこみあげる。


ハムスィの料理法

 では実際どうやってハムスィを食べるか?私は、日本人らしく、手で開いて刺身で食べるのが一番美味しいと思っているが、トルコ人にはとんでもないと言われる。代表的なのはコーンミール(トウモロコシを挽いた粉)をつけてフライにするhamsi tavasi(ハムスィタヴァス)。新鮮な魚の頭とはらわたをとり、軽く塩をして、コーンミールをまぶし、フライパンにきれいに並べて両面焼く。ひっくり返すときに便利な平らな蓋も黒海地方では売られている。中骨をとって2枚の魚でパセリとネギをサンドイッチにしてフライするhamsi kusu (ハムスィクシュ:クシュは小さいという意味)。また、hamsi pilavi (ハムスィピラウ:ピラウはピラフのこと)は、同じく中骨をとってコーンミールをまぶした魚をフライパンなどに放射線状に敷き詰め、パセリやネギを混ぜたご飯をのせ、その上に同じように魚を敷き詰めた後、こんがりと裏表を焼く。出来立てはさながら魚のタルトのようで大変美しく美味しい。その他にもニンニク、玉ねぎ、トマト、パセリやミントのハーブと一緒にオリーブオイルで蒸し煮にするhamsi buglamasi(ハムスィブーラマス)など、トルコの魚料理にしてはバラエティに富んでいる。・・・と書いていたら、食いしん坊の私はお腹が空いてきた・・・

 トルコでは、実は他にもブルーフィッシュPomatomus saltatrixやカツオの一種Sarda sardaなど美味しい魚が獲れる。でも、どんな魚も体長10cm程度の小さなハムスィにはかなわない。だって、他の魚は魚じゃないんだから。(イスタンブル大学 水圏科学部講師)

 

 

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