養殖ウナギの安全安心な雌化への取り組み ―愛知県水産試験場―
服部 克也(30増大)
愛知県は養殖ウナギの生産量が全国2位(2020年度)であり、ブランドとなっている“一色産うなぎ”は愛知県西尾市を中心とした養鰻場で生産されています。愛知県水産試験場「内水面漁業研究所」は同市に設置され、ウナギ養殖など内水面漁業に関する試験研究に取り組んでいます。同研究所における輝かしい研究業績として、1991年に立木宏幸氏(31養殖)がウナギ種苗生産研究の礎となる「雌化ホルモンによる養殖ウナギの雌化」に成功したことが挙げられます。この技術は、養殖ウナギがほぼ全て雄になってしまう中、種苗生産研究で卵を得るための雌を養殖ウナギから安定的に得られるため、今でも高く評価されています。
しかしながら、同研究所の現施設は1969年に設立されてから改修は行われているものの各設備の老朽化は著しく(写真1~3参照)、種苗生産研究に用いる海水を内湾である三河湾から取水するなど、種苗生産研究を始めとする研究業務に多くの制約があるため、その後に目立った成果を上げることが出来ていませんでした。
筆者が2016年に同研究所に所長として赴任した際には、ウナギ資源回復のため放流している養殖ウナギにほとんど雌が含まれていないことが問題となって、雌ウナギを一定比率で含ませる課題に取り組んでおり、筆者らは養殖ウナギの日間成長率から雌ウナギが含まれる集団を選別できることを報告しました。しかし、想定した比率で雌を放流群に含ませるには、養殖ウナギを安全安心な方法で雌化する技術が必要と、所内でブレインストーミングしていたところ、新規採用職員である稲葉博之技師から、大豆イソフラボンは雌化を誘導できるかもと意見が出されました。これは面白いと、新規採用職員のインストラクターであった岩田友三主任研究員が動いて、愛知県養鰻漁業者協会の共同研究で大豆イソフラボンによる飼育試験を実現させ、試験の結果は所定の成果が得られました。この段階では、食品添加物の大豆イソフラボンで養殖ウナギを雌化できる技術でしたが、稲葉技師が周年出荷で養成されて大型化した養殖ウナギで、雄は身が硬くて不味なのに対して雌は柔らかく美味しいと言われていることに着目しました。当時は、種苗となるシラスウナギが深刻な不漁で、養殖生産も危ぶまれる状況にあり、美味しい大型ウナギを効率的に生産できれば、1尾のシラスウナギから通常では1人前しか提供できない蒲焼を2人前提供できる、資源の有効利用ができる革新的技術となる可能性が見えた瞬間でした。
これを実現するためには食品としての安全性評価を始めとする多くの課題を解決していく必要があり、試験予算の獲得に向けて、農林水産技術会議の競争資金のアドバイスをされている(NPO法人)東海地域生物系先端技術研究会の大石一史事務局長に相談し、アドバイザーとして名古屋大学 松本哲男名誉教授が相談に乗って下さいました。松本名誉教授には、稲葉技師の着想に惚れ込んでいただき、特許の重要性などを含めて親身になってご指導いただいたのですが、その凄いオーラに耐えられるように、稲葉技師と筆者で相談に伺う前に、味噌カツで有名な「矢場とん」でカツを食して喝を入れたことなどが懐かしく思い返されます。こうしたサポートもあり、稲葉技師が中核研究者となって応募した事業が見事採択され、愛知県水産試験場でのウナギ研究では立木氏に続く業績となりました。採用間もない職員が中核となり、各分野の研究者を取りまとめて、事業を成功させたことは畏敬の念を禁じ得ないし、今回の研究成果に端緒でも携われたことを幸せに思っているところです。来年の土用丑頃には大豆イソフラボンで雌化した愛知産大型ウナギが市場に出回っているかと思いますので、是非皆さんご賞味ください。(愛知県水産試験場)