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2022.05.06 15:11

コロナ禍での乗船実習 〜第65次遠洋航海を終えて〜

林敏史(36漁工36専)

■コロナ禍での乗船実習対策

 令和2年から海鷹丸の船長となり、外航への気持ちを引き締めていましたが、新型コロナウイルス感染症によって狭い船内での航海や実習が実施できなくなりました。触るもの全てを消毒し、ソーシャルデイスタンスやマスクでも会話は控えるなど、今まで経験の無いほど清潔を意識し、感染予防のため大学では対面での授業がオンデマンドに置き換わり、講義室での授業ができなくなりました。担当している海事法規での専攻科授業では、対面授業の代わりに作成したパワーポイントの資料に向かって、ページごとに講義内容を声に出して説明しながら録音し、ONEDRIVEにファイルをダウンロードして、学生の皆さんに配信します。毎週まで資料作りの時間に追われていました。パソコン画面に向かって声出し練習を行い、録音の本番を行います。途中で声が詰まったり、外でカラスが「カーカー」鳴いたり、近所の子どもが騒いだりで度々やり直すことになりました。何度か資料作りの録音作業を繰り返すうちに、自分では話し方も要領を得てきたと思っていましたが、あとから学生に聞いてみると「話し方が固いです」と言われ、当たり前に聞こえてくるラジオのパーソナリティやアナウンサーの凄さに改めてプロの違いを実感しました。

 学生にとっても、登校できず部屋に一人でパソコンに向かってオンデマンド資料を授業として聴くためには、かなりの集中力を維持しなければならず、1日4時間以上の様々な授業をこなすことは、大変だったと思います。週1回の授業担当ですが、毎週、授業資料の掲載期限に迫られながら、音声を入れながらオンデマンド授業資料の作成に慣れるまで大変でした。反面、声に出して講義資料を読み込むことで、自分の作った資料の間違いや誤字も発見でき、2年目には新たな情報も付け加えながら、少しまともな講義資料になったような気がいたします。今回の資料は対面授業が戻っても、航海で授業ができないときに、オンデマンド講義資料として授業の補完をしてくれるものと有用性を感じています。

 船内でのコロナ対応としてガイドラインを作成するため、学内の産業医や東京都・国の資料をもとにみんなで考えながら、どうすれば実習航海ができるか話し合いました。限られた狭い船内での居住数は、部屋の体積当たりと空調の空気の入れ替わり係数から4人部屋に2名までとして、調査員などすべての部屋を使って、学生達を分散させ、極力密度を下げる対応としました。実際乗船学生数は前年度から決まっており、一部過密にならざるを得ませんでした。航海前には、いであ株式会社様のご厚意で、割引でのPCR検査が実施でき、陰性結果に安堵して出港できました。陰性結果でも普段の手洗い・消毒の徹底、マスクや透明シートでの教室の使用、実際の船内課業では、学生数を定員の50%以下(食事も二手に分けて)にして、1日2回、同じ授業を行って対応しています。学生達にも船内生活上、大きな負荷をかけています。上陸など外出は最小限で当然のように禁酒、規則正しい生活を送り毎日検温や健康記録をつけることが当たり前のこととなりました。航海に備えて、指で計測できる酸素濃度計や各種解熱剤、導線を分けての専用トイレや同室者と別の部屋に隔離(本当は同じ空調下では隔離とはいえないとのこと)する待機部屋の設置、医療通信の確認を行いました。他大学や組織ともコロナ対策での情報交換を行っています。最終的には国土交通省から弾力的運用(代替授業等の対策を含む)の審査を受け、外地の寄港地が無くても、総計4,000マイル以上の航海を組み込むことで、国家試験受験のための履歴を認めていただきました。

■コロナ2年目の航海:実施できなかった南極航海

 昨年の航海はコロナでの中止・短縮が相次ぎましたが、令和3年度は法定で決められた乗船期間を守り、寄港地を絞り航海日程を最小として専攻科学生の最終航海である遠洋航海に出港しました。遠洋航海は昭和31年の第1回から今年で24回目の南極洋調査も含みます。文科省や極地研からオーストラリアタスマニア州政府と交渉を続け、令和3年7月にオーストラリア政府から4週間の航海期間がある場合検疫免除で入港できることになり、タスマニア州と調整を行った結果、申請書を審議してもらい、上陸の特別許可をいただける方向となりました。(実際上陸許可までには個人のスマートフォンに直接許可証がメールで送付されるまで、入港前の錨泊地ではじめてWi-Fi入港ギリギリまでかかりました。)

ストーン摺り

 当初、各国での寄港が許可されていない状態で外航申請もなぜこの時期に行うのかなど多数の困難がありました。また民間外航船でも多くの厳しい対応、すべての客船は自粛となっているなか、国土交通省の乗船実習の規定においても国家試験に必要な乗船履歴の短縮や代替実習、外国への寄港履歴の免除、最小で4,000マイルの遠洋航海など弾力的な対応がなされており、すべての実習船が外航できないなか、外航して問題が生じた場合の責任を問われることも覚悟していました。

■寄港地でのコロナ状況と調査中止の判断

 令和3年度第65次海鷹丸遠洋航海は、最適な寄港地を基盤として、南極洋調査の重責を果たす計画としておりました。オーストラリアのタスマニアは約2年間コロナ感染の発症の無い世界的に見ても希少な環境であり、ホバート港は最適な寄港地として今回の実習航海のよりどころとしておりました。しかし年末年始にかけてタスマニアでは、オミクロン株による感染爆発が発生し、人口20万人少しのホバート市の感染者数は、初日400名、2日目に750名、3日目には乗客乗員10名以上が感染し80名が濃厚接触となったオーストラリア沿岸周遊の客船が隣に着岸し乗員は全てバスで施設に移動になった情報があり、4日目には1400名と増加しました。西オーストラリア政府の特別感染危険地域に指定されること、病院等の支援が得られないとのこと、航海計画において上陸できない場合は帰国する条件であったことから、学生や乗員の安全を優先し、大学の判断で南極調査を断念して東京に向けて帰国することとなりました。

*当時日本の判断基準では10万人当たり25名の感染者数を越えると最高のステージ3(緊急事態宣言相当)となっていました。

■東京帰港

 南極調査航海分の日程が無くなり、予定より約1ヶ月短い1月27日に東京へ帰港しました。着岸前から検疫所での厳しい審査があり、22日間の航海を行いましたが、10日間の待機期間の指定を受け、2月上旬にようやく上陸できることになりました。航海は50日程度でしたが、出港2週間前からの自主隔離、航海51日、帰国してからの待機期間7日間の計72日間船から降りずに在船したことになります。集団生活を送る学生達にとっては大変な環境だったと思います。結果として、日本の実習船としては初めて外国の港に着岸し、上陸はできなかったものの学生達に外航履歴を付けることができました。

■感染者の発生

 帰国した東京でも感染がみるみる拡大し、上陸中複数名の学生が次々と発熱し、病院等で感染が確認され、学生全員を濃厚接触者と大学は判断し、全員自宅待機となりました。その結果、乗船履歴の日数を充足することができなくなり、急いで国交省に弾力的な運用を願い出て、自宅と船をネットでつないだ代替講義を行うことで、乗船履歴の承認をいただき、3月の国家試験受験にこぎつけることができました。無症状な感染者が一人でもいた場合、狭隘な船内において、感染は防ぎようがないことを痛感いたしました。コロナというトンネルを抜け出せないままの状態が続いておりますが、いつか元の日々が戻ることを願っています。皆様におかれましては、ご健康であることを祈念しております。

(東京海洋大学教授 海鷹丸船長)

コロナでも元気に実習

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