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2018.04.02 14:07

マグロ類の資源管理の致命的問題点

櫻本 和美(23漁大)  

 マグロ類の資源管理が大混乱に陥っている。日本沿岸の定置網等で漁獲された太平洋クロマグロの未成魚の漁獲量が、2018年1月時点で国際管理機関の一つである中西部太平洋マグロ類委員会(WCPFC)が設定した漁獲枠の90%を超えてしまった。これを受け、水産庁は1月23日、急遽すべての沿岸漁業者に対し操業自粛要請を出す事態となった。しかし、自分たちの都府県の漁獲枠がまだ残っている沿岸漁業者は33都府県にも及び、しかも、第3管理期間は2017年7月から2018 年6月までの1年間であるから、操業自粛要請は5ケ月以上もの長期間にわたって続くことになる。獲ろうとしなくても勝手に定置網に入ってきてしまうクロマグロ未成魚にどう対処すればいいのか、現場は大混乱となっている。

 また、2017年、WCPFCは突然メバチ資源の評価を「乱獲状態にある」から「これまでもずっと健全な状態であった」と、全く正反対の資源評価に変更した。使用する成長曲線や海区区分を変えたことが資源評価が変わった原因ということである。しかし、変更した成長曲線や変更した海区区分の方が妥当であるという根拠等に対する説明が一切なかったことから、漁業関係者の間でWCPFCへの不信感が急速に高まっている。

 いったいどうしてこのような事態が生じてしまうのであろうか? その根本原因を一言でいうと、「資源管理が間違った資源変動理論に基づいて実施されているから」というのが私の見解である。現在はMSY(最大持続生産量)理論と言われる基本理論に基づいて管理が実行されている。MSY理論とは、ある資源水準に資源を維持しておけば、毎年・毎年最大の漁獲量(MSY)が得られるという理論である。このMSYの達成が可能となる資源水準を「MSY資源水準」と呼んでいる。国連海洋法条約でも資源をMSY資源水準に維持し、MSYを達成することを管理目標として奨励している。従って、MSY理論は国際的な標準的概念ということになる。

 しかし、実はこのMSY理論なるものが「マユツバ」ものであり、「MSY理論に基づいて管理を行おうとすること自体が、むしろ管理を失敗させる主因になっている」というのが私の主張である。そのことを以下のような例え話を用いて説明すれば、なぜ「MSY理論に基づいて管理を行うこと」が問題なのか、よくご理解いただけると思う。話は、実はとても簡単である。

 日本全国から偏りなく10万人の成人を選んできて、ガンなどの重大な病気にかかる率(罹患率)と体重との関係について30年間追跡調査をしたとする。調査の結果、体重が60kgの人は、ダントツで罹患率が低いことがわかったとする。この結果にもとづき、「体重は60kg(MSY資源水準に相当する)に維持すべき」ということが提唱され、それを実現するために食事量や運動量が細かく規定されたとする。これは予防医学的にみて至極妥当な対応であるし、このような提言を行うことに何の問題もない。しかし、もし、調査の結果、体重と罹患率との間にいかなる関係も認められなかったにも関わらず、「体重は60kgに維持し、食事量や運動量はこうすべきである」と提言したとしたら・・・・。そんなナンセンスな提言を聞き入れる人などいないだろう。残念ながら、マグロ類の管理を実施している国際管理機関の主張は、このナンセンスな後者の提言と全く同じである。「世界中の優秀な資源研究者が多数集まっている国際管理機関で、そんな馬鹿げた主張がなされるわけがない!」と誰もが思うだろう。しかし、本当に残念だし、また、なぜそんなことになってしまうのか不思議でもあるのだが、これがWCPFCの資源研究者達が実際に主張している内容である。

 体重と罹患率の関係に相当するものが、再生産関係と言われる親と子供の関係であるが、太平洋クロマグロも大西洋クロマグロの西資源も東資源も「再生産関係は不明」とそれぞれの国際管理機関が認めている。それにも関わらず、WPCFCの資源研究者達は「初期資源量の20%がMSY資源水準であり、それを管理目標にせよ(体重と罹患率の間の関係は不明であると認めていながら、体重を60kgにせよ)」と何のデータの裏付けもなく主張して譲らないのであるから、とても「科学的な議論をしている」などと言えたものではない。

 上記のような「ナンセンスな主張のゴリ押し」は、詐欺行為よりもさらに悪質かも知れない。詐欺は犯罪であり、許されるものではないが、なぜ人が騙されるのかというと、「うその作り話」がウソと見抜けないほど尤もらしいからである。ウソを見抜けなかった不覚の代償が騙し取られた損失額ということになる。しかし、体重と罹患率との間にはいかなる関係も認められないのだから、「体重は60kgに維持すべきである」などと言われても誰も騙されないし、誰も「体重を60kgに維持しておけば罹患率が低く、病気にかかりにくいだろう」などとも思わない。従って、この場合は騙されて「体重を60kgに維持しよう」などというオメデタイ人はいないはずである。ところが実際には「これは国際管理機関で決まったことだから」という理由で、無理・無理、「体重は60kgに維持せよ、食事量や運動量をこうせよ」と強制されるわけであるから、強制される側(漁業者)はたまったものではない。さらには、メバチ資源のように、納得のいく説明もないままに、「資源は乱獲状態にある」から「資源はこれまでもずっと健全な状態であった」と全く正反対の評価に突然変更されてしまうわけであるから・・・。
「納得がいかない!」という気持ちになるのも当然である。

 太平洋クロマグロの場合は、北海道の1つの漁協が第3管理期間が始まった2017年7月1日から3か月後の9月28日から10月2日までのわずか5日間で、定められた北海道地区の漁獲枠の6倍近くを定置網で漁獲してしまった。この大量漁獲が原因となり、他都府県の定置網漁業者たちは、「まだほとんど漁獲していない、あるいは、自県の漁獲枠がまだ十分残っている」にもかかわらず、操業自粛を要請される事態となってしまったわけである。漁獲枠を大幅に上回っていながら5日間も操業し続けた定置網漁業者・漁協が非難されるのは当然だが、環境変動の影響を全く考慮せず(未成魚資源の変動を全く考慮せず)、漁獲枠を固定して設定してしまった資源研究者や行政官の「管理の失敗」はもっと問題である。このような「管理の失敗」も、もとはといえばMSY理論に基づいて未成魚資源の変動を予想していたことにその原因があるとも言えるだろう。資源研究者や行政官の「管理の失敗」の尻拭いを押し付けられた格好の日本沿岸の定置網漁業者などは憤懣やるかたないに相違ない。

 水産庁は第4管理期間から(沿岸漁業は2018年7月1日から2019年6月30日まで)、クロマグロを対象に漁獲可能量(TAC)制度の導入を決定している。TAC制度では違反者には刑事罰が科せられることになるのだが、勝手に定置網に入ってきてしまうクロマグロをどう防げばいいのか?さらなる悲劇が起こりそうである。

 MSYが誤りであるなら、実際の管理はどうすればいいのか? 実用的で有効な管理を実行するためには、まず、「体重を60kgに維持すべき(資源をMSY水準に維持すべき)」といった無意味な主張や議論をやめ、もっと実行可能性の高い体重コントロール法について議論すべきである。あまりやせすぎるのも、あまり太りすぎるのもよくないだろう。許容できる体重の範囲というものがあるはずである。その範囲内で、最近、太り気味だから食事量を少し減らすとか、運動量を少し増やすとかいった対応を行うことで、体重のコントロールは十分可能である。この様な方法は「フィードバック管理」と呼ばれ、1980年に田中昌一博士が提唱した方式である。また、田中昌一博士のフィードバック管理をひげ鯨類に当てはめた場合については、国際捕鯨委員会において5年間にもわたって膨大な量のシミュレーションテストが実施されており、その管理手法の有効性が確認されている。

 いずれしろ、体重と罹患率の関係が認められない以上、「体重を60kgに維持すべき(資源をMSY資源水準に維持すべき)」と言う主張には何ら科学的な根拠がないばかりか、上記のような資源管理上の弊害を引き起こす原因となっているという事実を認めない限り、現実的で有効な管理の実施は困難である。誤った資源変動理論に基づいていくら資源管理について議論をしても無意味であり、時間と経費が無駄なだけである。

 ここでは、簡単な例え話を用いて、MSY理論に基づく管理が非科学的であることを説明した。より科学的な方法で、すなわち、シミュレーションと実データを用いてMSY理論そのものが間違った概念であることを論証し、さらに、MSY理論に代わるべき新しい資源変動理論について詳細に解説した小論が、一般社団法人 東京水産振興会が発行している月刊誌『水産振興 第52巻5号』に掲載される予定である。興味がある方はそちらの方も是非ご笑覧いただきたい。  (東京海洋大学 元教授)

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