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2018.11.01 17:23

国際捕鯨委員会(IWC)正常化の取組と第67回 総会結果について

森田侑樹(55育成)
(水産庁資源管理部国際課)

  このたびは、楽水会メールマガジンへの投稿の機会をいただき大変嬉しく思います。今回は、水産庁のIWC(国際捕鯨委員会)いち担当者としての視点から、本年9月に開催されたIWC総会の結果についてご紹介させていただきます。また、その背景情報として、これまでIWCで行われてきた議論の歴史について、できるだけ分かりやすくご説明させていただきたいと思います。

なお、本メールマガジンの内容については個人の責任において記したものであり、水産庁や日本政府などの見解を表すものではありません。

1.IWC の 目 的 と 実 態    

 IWCは、「鯨類の適当な保存」と「捕鯨産業の秩序ある発展(すなわち持続的利用)」の実現を目的として、捕鯨国により締結された国際捕鯨取締条約(以下、「条約」といいます)に基づき、昭和23(1948年)年に設立された国際機関です。

 昭和47(1972)年の国連人間環境会議において商業捕鯨10年モラトリアム(一時停止)が提案されて以降、反捕鯨の立場を取る加盟国が増加した結果、昭和57(1982年)年に条約の附表10(e)(いわゆる商業捕鯨モラトリアム)が可決されました。この附表10(e)により、IWCで管轄する全ての鯨類資源について商業目的の捕獲頭数をゼロとする一方、最良の科学的知見に基づき常に見直しを行い、遅くとも平成2(1990)年までにゼロ以外の捕獲枠の設定について検討することが規定されました。それ以降、我が国は、附表10(e)の規定に基づきゼロ以外の捕獲枠が早期に設定され、商業捕鯨が再開できるよう、鯨類科学調査を実施し、必要な科学的情報の収集を行うとともに、沿岸小型捕鯨への暫定的な捕獲枠設置提案などの努力を30年以上にわたって続けています。

 しかしながら、IWCでは、鯨及び捕鯨に関する根本的な立場の違い(3で詳述します)から、条約の目的である鯨類資源の「保存」のためにも「持続的利用」のためにも、20年以上にわたって有効な決定ができない状態が長年継続しており、我が国の目指す商業捕鯨の再開には至っておりません。

 私は以前マグロ類の地域漁業管理機関(RFMOs:Regional Fisheries Management Organizations)での交渉も担当しておりましたが、これらの漁業管理機関においてはコンセンサスによる資源管理措置の決定を原則とし、極めて限られたケースのみ最後の手段として投票が用いられます。立場を越えたコンセンサス決定に至るため、参加国は建設的に議論を行ったのち、双方「痛み分け」により、とにかく何らかの資源管理措置を「決める」ケースが多いです。そして全員で「決めた」ルールは全員で守る。勝者と敗者に明確に分断され、対立を助長する投票とは異なり、全員が勝者かつ敗者となるコンセンサスによる「痛み分け」こそ、RFMOsの美学(beauty)なのだとの明言が、今でも耳に残っています。
 他方、IWCでの資源管理措置の議論において は、そのような「痛み分け」が成立することはなく、投票でお互いの提案(捕獲枠や鯨類保護区など)をブロック(否決)し合う結果、文字通り「何も決められない」状態が継続しています。もはや、IWCと他のRFMOsを同じ「資源管理機関」という括りで捉えることは出来なくなっているのが実態です。

 健全な「資源管理機関」として最も重要なのは、最良の科学的根拠に基づき、適時適切に水産資源の資源管理措置を決定できる意思決定機能なのです。

2.IWCの機能回復に向けた過去の取組

 このようなIWCの状況の中でも、「決められないIWC」を何とかしようと、過去に様々な取組がなされてきました。

 平成4(1992)年には、改定管理方式(RMP:Revised Management Procedure、持続的・安全な捕獲枠の算出方法)をIWC科学委員会が開発しましたが、反捕鯨国は、算出された捕獲枠を遵守するための監視取締システムを加えた改定管理制度(RMS:Revised Management Scheme)の必要性を新たに提起しました。90年代後半になりRMSの議論が進むと、今度は捕獲調査の取扱い、商業捕鯨再開の手順等についても同時に合意する必要があると主張し(RMSパッケージ)、交渉の更なる長期化を図りました。いわゆる「ゴールポスト」の移動戦術です。

  このような状況への危機感から、平成9(1997)年にはカーニー議長(アイルランド)提案(南極海捕獲調査の段階的廃止、排他的経済水域(EEZ)内の捕鯨再開等)が、平成15(2003)年にはフィッシャー議長(デンマーク)提案(捕獲調査の規律作成、EEZ内の捕鯨容認等)が提案されましたが、いずれも豪州、英国等の反捕鯨国が議論継続を拒否、更にはRMSパッケージそのものについても議論を拒否し、一連のRMSパッケージ提案は事実上棚上げされる形となりました。

 この結果を受けて、我が国はIWC正常化の可能性が見出せないとして、IWCに対する対応を根本的に見直す可能性が出てきたことを明言しました。

 この状況に危機感を覚えたホガース議長(米国)の主導により、「IWCの将来」プロセス(平成19(2007)年~平成24(2012)年)が開始され、米国やNZ等の反捕鯨国も交えた妥協案の模索が開始され、平成22(2010)年にホガース議長を引き継いだマッキエラ議長(チリ)がとりまとめた妥協案(南極海捕獲調査の段階的縮小、最低10年間は限定的に捕鯨容認等)が提案されました。しかしながら、またもや豪州、ラテンアメリカ諸国等の反捕鯨国が妥協案を拒否し、交渉は頓挫しました。

 このように、不毛な状態が続く中でも、IWCの正常化に向け幾度となく妥協案が提示されましたが、鯨類の完全な保護を求める反捕鯨国の非建設的な対応により全て頓挫してきました。

3.我が国主導による「IWCの今後の道筋」

 平成26(2014)年の第65回IWC総会において、我が国はミンククジラの沿岸小型捕鯨のための17頭の捕獲枠(IWC科学委員会の資源量推定値は2万2千頭)を提案しましたが、科学的あるいは法的な根拠が示されることなく、投票によって否決されました。そのため、反対理由を明らかにすべく、我が国は閉会期間中、反捕鯨国に対し反対票を投じた理由を問う質問票を公開で送付しましたが、引き続き、反捕鯨国からは科学的・法的な具体的な理由は示されませんでした。このことから、反捕鯨国は科学的・法的な根拠に基づき商業捕鯨の再開に反対している訳ではなく、政策的立場に基づいて反対しているに過ぎないことが浮き彫りになりました。「科学的・法的に正しかろうが、嫌なものは嫌だから反対」ということです。これではいくら科学的・法的な正当性を主張したところで、反捕鯨国を「説得」することは無理だと言わざるを得ません。このような鯨と捕鯨に関する根本的な立場の違いが「合意できないIWC」「何も決められないIWC」の根本的原因であることが分かったのです。

 平成28(2016)年の第66回IWC総会において、我が国主導により、鯨と捕鯨に関する根本的な立場の違いがあることを踏まえた上で、IWCの機能回復を目指す「IWCの今後の道 筋」の議論の実施が合意されました。これを受け閉会後、透明性のある議論を呼びかけたところ、海洋生物資源の持続的利用を支持する国々からは、取組への支持が表明されましたが、米国、豪州、ラテンアメリカ諸国等の反捕鯨国は、極めて消極的な姿勢に終始しました。

4.国際捕鯨委員会(IWC)第67回総会の結果概要

 平成30(2018)年9月10日(月)から14日(金)まで、ブラジルのフロリアノポリスにおいて、85ヶ国が参加して第67回IWC総会が開催されました。議長は我が国の森下政府代表(東京海洋大学教授)が務め、谷合正明農林水産副大臣(当時)、岡本三成外務大臣政務官(当時)、香川謙二農林水産省顧問、諸貫秀樹水産庁資源管理部国際課漁業交渉官、田中一成外務省経済局漁業室長をはじめとする政府代表団に加え、浜田靖一衆議院議員、鶴保庸介参議院議員、江島潔参議院議員、横山信一参議院議員、徳永エリ参議院議員、地方自治体関係者ほか多くの関係者が我が国代表団として出席しました。私も、代表団の一員として、この総会に参加する機会を頂きました。2010年に「IWCの将来」プロセスが頓挫して以降、最近の総会においては、我が国が実施する鯨類科学調査など個別の問題にスポットが当たる傾向がありましたが、今回の総会においては、まさにIWCの国際機関としての在り方を根本から問い直す議論が交わされました。具体的には、上記3の「IWCの今後の道筋」の議論で、IWCが「何も決められない」組織である原因が、鯨と捕鯨に関する根本的な立場の違いにあることが浮き彫りとなったことを踏まえ、本総会において、我が国は、立場の異なる加盟国の共存を図り、条約の目的(「保存」と「持続的利用」)に基づいたIWCの機能を回復させるため、IWC改革案を提案しました。具体的には、

  1. 関連小委員会でコンセンサス合意が得られた資源管理措置について、総会の可決要件を緩和(現行の4分  の3から過半数に引き下げ)
  2. 資源が豊富な鯨種に限り、商業捕鯨のための捕獲枠の設定の規定


 双方を一括して提案するものです。「何も決められないIWC」への処方箋として、意思決定のハードルを下げることにより、立場を異にする持続的利用支持国と反捕鯨国が、お互いの資源管理措置提案(捕獲枠や鯨類保護区など)をブロックするのを困難にし、根本的な立場の違いを越えて「決められる」IWCに変えることを狙った提案でした。反捕鯨国にとっても、これにより悲願である南大西洋鯨類保護区提案が実現できるなど、大きなメリットがあります。私は、この提案趣旨を説明する際、本来は「別居」しているはずの仲の悪い夫婦が、「家庭内別居」という手段を用いて、一つ屋根の下で共存し、夫妻それぞれの要望をそれぞれ実現させることに合意するような提案である、という例えを使っていました。

 持続的利用支持国は「これがIWC機能回復のための適切な対応である」など支持を表明したのに対し、反捕鯨国からは「IWC改革の必要性は理解できる」旨の発言もありましたが、「IWCは保護のみを目的に『進化』している」、「商業捕鯨につながるいかなる提案も認めない」などと強硬に反対し、投票の結果、日本提案は否決されました。

 一方で、反捕鯨国による科学的根拠を欠く南大西洋鯨類サンクチュアリ(保護区)設置提案は再び否決(平成13(2001)年以降、今回を含め10回にわたり提案、いずれも否決)され、条約の目的である鯨類資源の「保存」のためにも「持続的利用」のためにも、まさに「何も決められないIWC」という機能不全の状況が改めて浮き彫りになりました。さらには、商業捕鯨モラトリアムの継続が重要とし、鯨類資源管理に不可欠な科学的情報を収集するための捕獲調査を不要とみなす、フロリアノポリス宣言が、多くの持続的利用支持国による「条約の目的のひとつである鯨類の持続的利用を無視している」との反対表明にもかかわらず、投票で可決されました。「条約の目的は一体どこに行ったのか。一体この機関はどこに向かおうとしているのか。」「いま、我々は極めて危険な議論をしているのではないか。」との持続的利用支持国の発言が、今も耳に残っていま す。

 我が国のIWC改革案が否決された後、谷合農林水産副大臣(当時)から、「IWCにおいて異なる立場の加盟国が共存する可能性が否定されたことと同義であり、遺憾」、「今後もIWCと条約の目的を実現すべく、様々な形で協力していきたい」、「IWCが一切の商業捕鯨を認めず、異なる立場や考え方が共存する可能性すらないのであれば、日本はIWC加盟国としての立場の根本的な見直しを行わねばならず、あらゆるオプションを精査せざるを得ない」旨発言しました。

 今回の総会では、これらの議論を通して、我が国の改革案が否決されたことではなく、鯨類資源の持続的利用を否定するフロリアノポリス宣言の採択も含めて、持続的利用支持国と反捕鯨国が

 「共存」する可能性が否決されたことが極めて大きな点であったと考えています。IWCに「共存」の可能性すらないのであれば、資源管理機関としての位置付け自体に疑問を抱かざるを得ず、我が国がIWCに出席し続けることの意味を見つめ直さざるを得ません。IWC総会の場で述べたとおり、今後、我が国は、商業捕鯨の再開に向けて、「あらゆるオプション」を検討しているところです。

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