金沢市山間部におけるドジョウ養殖~石川楽水会2018年度通常総会 講演~
野 村 元(23増大)
皆様は石川県内在住ではいらっしゃいますが、県外出身の方もおられ、ドジョウの蒲焼きにはなじみがない方もおられると思います。先程吉田会長のご紹介がありましたとおり、ドジョウの蒲焼きは金沢の伝統料理でもありますので、こういう話もあるということでお聞きいただきたいと思います。
タイトルを見ると立派なんですが、私はこれで儲かっているわけではないので、今日は成功話ではなく苦労話として聞いて下さい。
まず、どんなきっかけでこの仕事を始めたかについてです。金沢の伝統料理であるドジョウの蒲焼きは主に夏場の需要が多く、特に8月のお盆の頃帰省する家族に食べさせるための爆破的な需用があります。しかし原料のドジョウは県外の天然産に頼っており、8月に入ると好天続きで水田に水がなくなりドジョウが取れにくくなることが多く、蒲焼き屋さんが入手に大変苦労していると新聞報道されたのが7~8年前のことです。
丁度その頃、内水面試験場の所長をされていた安田信也さん(26漁大15修)がこれに目を付け、地元で種苗を生産し養殖を行うことで、ドジョウを安定供給できないかと発案し、予算化したのが始まりです。本県におけるドジョウの種苗生産実績は過去に全くなく、先進地である大分県や島根県安来市を視察するなどして始めました。当初は数百尾~数千尾の生産でしたがその後着実に技術向上し、現在は数十万尾の種苗が生産できるまでになっています。
生産された種苗は民間の養殖を希望される方々に配付し、試験場から技術指導も行いながら養殖を始めたのですが、皆さん素人ですから、なかなか最初からうまくはいきませんでした。種苗生産がある程度軌道に乗った頃、私は水産課に勤務しており、行政サイドでドジョウ養殖を普及させる仕事を担当していましたので、養殖の現場は試験場担当者と一緒に巡回しておりました。
県内で最初にドジョウ養殖を手掛けられた人達は5~6名でしたが、その中に金沢市内川町のさらに奥の山間部で、市の補助で休耕田を活用したドジョウの養殖池を整備された方がおられました。その方は忙しい方でやる気はあるのですが、手が回らず池の一部が空いたままになっていました。そこで、私は自分でもこの難しいとされるドジョウ養殖をやってみたいという思いがありましたものですから、その方に空いた池の方の管理を任せてもらえないかと頼んでみたところ快諾され、水産課に勤めながらドジョウの養殖もやることになったのが始まりです。在職中は細々とやっていましたが、一昨年県を退職したことから本腰を入れて取り組みはじめ、若干の収益を上げられる現在に至るという状況です。
具体的な方法についてです。最初に行ったのは、池があまりにも大きく扱いづらいことから、池の真中に杭を打ち、波板を2列に埋設し、隣の池の土を運んで畦を作り、池を2等分しました。簡単な土木工事ですが、機械力がないので全て手作業です。他にも水を引くための配管工事などの知識も必要でしたが、これらは県に在職中に携わった現場での経験が色々と役立ちました。
池1面の広さは12×17mの約200m2が2面で合計400m2です。畦の天端から水面までが30cm、水深は15~30cm、泥の厚さは20cmほどです。ドジョウは泥に潜りますから、畦に潜ると漏水の原因となったり逃亡したりするため、池の外周はビニールシート張りが基本です。裾は20cm位泥に折り込んであるだけで、池の底自体はドジョウが潜れるようにシートは敷いてありません。
池への水の引き方ですが、水田なら畦を切って水路から引き入れれば済むのですが、そうしますとドジョウはそこから逃げてしまいますし、水量も調節できません。そのため畦を切らないで池の上から注水する必要があります。実際には、写真にあるように、池の傍の沢水が流れる側溝に自作した木箱をはめ込み、水をせき止めます。そこに八角形の塩ビでできたフィッティングといいますがこれをセットし、パイプに注ぎ込むようにしてあります。こうした配管作業は、勤務していた増殖試験場で種苗生産業務に携わっておりました時に習得した技術が役立っています。
養殖には水が最も大事ですが、次に重要なのは害敵の排除です。この場所には大型のアオサギが数羽生息しており、杉のてっぺんから監視しており、全く無防備では彼らの餌場を提供しているようなもので、何としても排除しなければなりません。 池の周囲に支柱を建て、その間をロープで張り巡らし、写真では見にくいですがオレンジ色の防鳥ネットをかけてあります。一見これで完璧に見えますがそうではなく、ある朝池に行きました所、アオサギが網の上から乗っかっていて、体重があるものですから水面まで到達しており、それ以後網の張りを強くしました。
網は劣化するため1年しか持たない消耗品で約8千円です。支柱も昨シーズンの大雪で9割方折れたためその更新費用等、施設費に年間1~2万円かかります。もちろん設置当初は配管費用等多くかかりましたが、それら2年目以降はあまりかかりません。
当地の長所・短所ですが、圧倒的にデメリットが多い場所です。標高は230mあるため平地より2~3℃涼しく、夏の作業はいくらかやりやすいのですが、大変なのは冬の多雪です。平野に雪が無い年でも1mは積もります。特に今年は多く、地元の人に聞きますと最大2.7mあったそうです。この多雪による圧死が想定されるので、雪の重さを軽減するため、冬期は池に常時注水するようにし、水深も深くしてあります。
しかし、気温がマイナス下では沢水も流入しなくなる一方、最初は知らなかったのですが水田からは常時水が抜けますから、実際に雪を水に浮かせることは困難で、今年は雪圧がかなりあったようです。そのため、今春の生き残りは少なく、ここ1~2年は収穫があまり期待できない状況です。冬場の注水を絶やさぬよう配慮することしかありません。
害敵生物としては先程のアオサギの他、トンボのヤゴが多くいます。ここは農薬の類は一切使っていないのでトンボの楽園です。中でも大型のギンヤンマが多く、そのヤゴに池入れした当初の稚魚が狙われる可能性があります。ご承知のように、ヤゴはカメレオンのようにノドから突起物を出し捕獲するため、動きの鈍い稚魚は食べられることが想定されます。今使っている3cm目合いの防鳥網では、大型のギンヤンマですら侵入してきますから、池の中には色んな種類のトンボがいます(昆虫がお好きな方は見に来られるといいです)。今の所トンボのヤゴへの対策はなく、できるだけ大型の種苗を入れることくらいです。
カエルも困ります。彼らは昆虫が主食ですからドジョウへの直接の害はないのですが、春先に沢山の卵を産みます。これを放っておきますと大量のオタマジャクシが発生し、ドジョウにやる餌を横取りしてしまいますので、卵の時点でしっかり除去しておかないとオタマの養殖になってしまいます。
あとイノシシがやっかいです。近年は平地にも出没するくらいですからここには多くいて、法面を掘り返し好物のクズの根を食べているようです。特に路面のアスファルトと地面の境をえぐるため、アスファルトが次第に折れて狭くなってきており、ドジョウ養殖をする以前に、この場所に入ってくることすら近い将来危ぶまれる状況です。
唯一のメリットは、ドジョウの納入先である蒲焼き屋さんが、車で30分位の所にあるため、酸素封入など不要で簡単に早く納品ができることです。
生産実績ですが、平成25年から開始しましたが少ない尾数でした。2年目は県の生産が不調で代わりに入れた秋田産の天然種苗が生き残り、平成28年は30kgというまとまった出荷に結びついたようです。その後県の生産も安定してきたので1万尾ずつ購入しました。昨年は少し欲を出し2万尾収容しましたが、雪のためあまり生き残りが良くないようで、今年新たに入れた種苗の生き残りに期待している所です。
これまでの出荷は昨年の36kgが最大で、4,000円/kgですから約14万円の収入でした。支出ですが、この場所には自宅から車で20分かかりガソリン代が月1万円、5~10月の6ヶ月は毎日通いますから6万円です。餌代に5万円、種苗代が1万尾として1尾3円ですから3万円、資材費が2万円と合計約16万円かかり現在赤字です。それでリターンを多くすることで黒字化を期待して、昨年は2倍の種苗を入れたのですが、結果は思わしくないという残念な現状です。
養殖の実際についてです。まず網張りです。市販の網張り用の緑色の傘に異形ソケットをつなぎ、木の支柱が差し込めるように細工します。これを畦周りに28本ハンマーで打ち込みます。番線で張りをとり固定します。網が垂れないように支柱と支柱の間には4mmのロープを張ります。次にホ-ムセンターで売っている18m×27mの最大サイズの防鳥網を2面別々に張り、センターをタコ糸で綴って網が一応張れます。網裾は地面に張った4mmロープに所々固定し、たるみを抑えて完成です。
次は餌です。稚魚は配付される時点で配合飼料に餌付いていますが、池に稚魚が大好きなミジンコを増やしておくと成長が良いとされています。そこで、醤油屋さんからいただいておいた醤油カスを池の中央に山積みにしておき、試験場から餌として質の良いタマミジンコの種をいただいてきて放します。1週間程度でかなり増えますから稚魚を放す前に準備しておきます。
餌はミジンコもいいのですが、やはり配合飼料が中心です。倉庫に置かせてもらっているのですが、袋のまま置いておきますと何者かが侵入して食べ散らかしてしまいますので、ゴミ箱に入れておかねばならないという場所です。出荷まで丸2年かかります。
次は取り揚げです。写真のようなプラスティックカゴの横に3カ所の穴を空け、ジョウゴを取り付け、捕
獲篭を作ります。これに夕方コイ用の沈むタイプの餌を入れて沈めておきますと、ドジョウは夜間ジョウゴから篭に入りますが、外には出られないという仕組みです。
品物の配達は大概朝なので取り揚げも朝やります。ドジョウのサイズが大小まちまちだと蒲焼き屋さんは扱いづらいのです。普通は頭も骨を取らずただ開いて3つに切って串に刺します。小さいのはまだいいんですが、大きいと骨太となり、骨を外すという余分な作業がでてきますので嫌がられるわけです。
なのでサイズを均一化するため、写真の選別器を使います。底のない木箱を作り、底にはアクリルの丸棒を6mm間隔でセットした木枠をはめ込んであり、間隔を変えた枠を入れ替えれば、選別サイズを変えることができます。買えば2~3万円するそうですが、自作すれば7千円くらいです。ここにドジョウを入れますと、約6g以上のものが上に留まりますので、それらをバケツに移し、さらに泥吐き用のポリタルに移し数日間貯めておきます。出荷は信用が大事ですから、タモですくい水をよく切ってからバケツに移し、計量して一斗缶に移します。店は車で30分と近いので自分の車に載せて配達します。酸素封入の必要がないので出荷作業は簡単でいいです。
冬場どうしているかということですが、雪がなければサギが来ますので、彼らが近づかないように、網を水面近くまで下げておいて鳥から見えるようにしておきます。何故下げるかというと網の上に雪が積もって、支柱が折れてしまうからです。昨年はまだ冬の準備をしていない内に、山にかなりの雪が降り、支柱の殆どをダメにしてしまいました。また、雪圧を少しでも軽くするため池への注水は必須で、1月から2月の初めの真冬の時期に、池がどういう状態だったかを見に行っておく必要もあります。
よくこのような仕事をやっていると思われると思いますが、一つは蒲焼き屋さんが原料のドジョウの入手に困った時に供給することで、少しでもお役に立てればというのがあります。自分も夏にはドジョウを食べたいので、老舗の蒲焼き屋さんには何とか頑張ってもらいたいですが、原料がなければどうにもなりません。もう一つは、ここではやっかいなイノシシも出没しますが、カモシカやシカ、サル、リスといった色々な動物のほか鳥、昆虫、植物といった豊かな自然にふれられることが楽しいからです。イノシシの害でいつまでできるか分かりませんが、今後もできるだけ続けていきたいと考えています。ご静聴ありがとうございました。
質疑応答
Q:金沢には蒲焼き屋以外にドジョウ料理を出すところはないか?
A:まだ県庁で働いている時、片町にドジョウ料理専門店があった。自分も関係の仕事をしていたので、一度行ってみなければと思っているうちに、店がなくなってしまった。金沢ではそこ一軒だけだったので大変残念だった。
Q:どんな種類が養殖されているか?ホトケドジョウなどはどうか?
A:普通のマドジョウだけだと思う。ホトケドジョウはやや小型なので難しいと思う。
Q:蒲焼き以外にどんな料理方法があるか?
A:普通は唐揚げか柳川鍋で、東京駒形の専門店ではドジョウとネギだけのドジョウ鍋がある。駒形には蒲焼きもあるが、金沢より大きな物を数匹横に2本で串刺しにして出していた。1本の串刺しは金沢だけのようだ。他にかき揚げの天ぷらにすると美味しいと聞いたことがある。
Q:池にはどの位の数のドジョウを入れられるか?
A:一般に100尾/㎡とされていて、200m2の池なら2万尾となり、今標準レベルをめざしているが、まだ結果を出せていない。
Q:平地でやれば問題点は解消されるか?
A:サギは平地でも来るが、イノシシがあまり来ないのがいいと思う。雪は少ないだろうし、家が近ければさらによい。