「楽水百年の歩み」の刊行を終えて
原 武史 (7増大)
楽水会は1921年(大正9年)に社団法人として設立され、2021年(令和3年)で100年の節目の年を迎えるに当たり、楽水会では記念事業として百周年記念誌の出版が計画されました。2019(令和元年)年7月の理事会において、田畑日出男会長を委員長とする百周年記念事業委員会を立ち上げ、その下に式典委員会、募金委員会および記念誌委員会が設置されることが決まりました。これを受けて記念誌委員会では同年12月に、記念誌の構成として第一部「楽水会百周年記念式典」、第二部「歴史と事業」および第三部「水産技術百年の歩み」とすることが決定されました。第一部および第二部については、記念誌として一般的にまとめられている事項ですが、第三部について楽水会の特徴を生かした企画にしたいとの考えから、当初は「水産技術史」として取りまとめることが計画されました。
第一部では百周年記念事業として、記念事業と委員会、記念式典、祝賀会、品川キャンパスツアー、参加者および募金者名簿が掲載されました。記念式典では会場で放映されたビデオ「楽水会100年の歩み―水産健児が築いた歴史―」は、著作権等の関係から会員の皆様にお届けできないのが非常に残念に思います。
第二部では歴史と事業と題して、組織と運営の歴史、これまでの主な活動、現在の活動、支部の活動、楽水会年表にまとめられましたが、支部の活動が取り上げられたこと、年表が各種の資料に基づき正確を期したことが特筆されます。
第三部「水産技術百年の歩み」については、当初の基本的な考え方として、開校以来の漁業、製造、増(養)殖という分野別に、水産伝習所・水産講習所・東京水産大学を卒業した者(楽水会会員)が開発した技術を対象とし、楽水会創立から現在までの約100年間の水産技術について、技術開発の基礎となる研究の成果についても取り上げ、水産業界の発展に貢献した技術的研究、行政的施策の立案等も対象とすることを考えていました。しかし、紙面の関係から図表、写真、参考文献等の削除をお願いして、原稿の内容を大幅に修正する必要が生じたことなどの理由から、「水産技術百年の歩み」に変更を余儀なくされました。
どの様な理由で「水産技術百年の歩み」を取り上げたのかについて、若干説明しておきたいと思います。東京水産大学百年史によりますと、1897年(明治30年)水産講習所設立時には、所長は水産局長が兼務しておられ、直接実務に従事する高度の水産技術を身につけた人材の育成を目指して着実に成果を挙げ、あわせて水産学研究の進展にも大きく寄与してきましたが、学理面に関しては概して副次的であったと記述されています。
1903年(明治36年)に初代の専任所長松原新之助が任命されてからは、基礎学科が増え実学面での実地授業が後退し、所内では大学出身の「学理派」と水産伝習所出身の「実学派」とが対立した歴史がありましたが、1911年(明治44年)に松原所長が更迭されたことによって「実学派」が勝利したと記述されています。
また、1922年(大正11年)の水産講習所の改革の目的には、「本所の教育目的である水産界の実践的指導者を養成する校風を堅持しつつ、可能な限り基礎学科の向上充実を図る」ことが記述されています。
その後、1948年(昭和23年)には東京水産大学設置認可申請書「摘要」を文部省に提出していますが、その目的には「本学は水産に関する学理及び技術の教授並びに研究を行い、教養ある人材を養成し、文化の向上と水産業の発展に寄与することを目的とする。」とあり、申請書には設置者は農林大臣としていましたが、当時の行政管理庁やGHQの反対もあって、翌年農林省から文部省に移管され、漁業、製造、増殖の3学科からなる東京水産大学が誕生しました。さらに、2003年(平成15年)には、東京商船大学と合併して、東京海洋大学が誕生したのを機に、我が母校東京水産大学は海洋科学部となりました。東京海洋大学の理念として「人類社会の持続的発展に資するため、海洋をめぐる学問及び科学技術に係わる基礎的応用的教育研究を行う」と明記されており、大学の人材養成と目標には「豊かな人間性、幅広い教養、深い専門的知識・技術による課題探求、問題解決能力」と水産に関する専門的知識・技術が明記されています。その後、2017年(平成29年)に海洋資源環境学部が誕生したのに伴い、海洋生命科学部に改組され、現在の教育体制となりました。
水産伝習所の設立以来、我が母校は水産講習所、東京水産大学、東京海洋大学へとその名称は変わりましたが、水産技術の教育を前面に出して、水産業の発展に寄与してきたという歴史があります。水産業界の発展のために尽力された諸先輩方の努力に報いるために、また、楽水会が今後とも水産界のリーダーとして発展し続けるためにも、楽水会創立百周年記念誌として、「水産技術百年の歩み」を取りまとめることは、意義のあることであると考えた次第です。
この機会に、限られた時間の中で編集に携わっていただいた編集委員の方々、原稿の執筆を快く引き受けていただいた著者の皆様に、厚くお礼申し上げます。また、内容として完全なものとは言えませんが、水産業界の発展を技術的に支えてきた楽水会の業績の一つとして会員の皆様に認めていただき、科学的な業績としても評価されるような「水産技術史」として進化することができれば、記念誌委員会としてはこれに勝る喜びはありません。内容に関する責任は委員長である私にありますが、これは委員長の力不足、能力の限界としてご理解いただければ幸いです。
最後に、水産業界は漁獲量も減少の一途をたどり、自給率も低い厳しい状況に置かれていますが、会員は水産業が安心・安全な食材を国民に提供する食料供給産業として重要であるとことを肝に銘じ、我が母校が水産技術の基礎研究をとおして、専門性の高い大学として発展することを願っています。
(一般社団法人楽水会 記念誌委員会委員長)