ボトルシップ
望月敬美(元東京海洋大学教授)
多くの人が一度はみたことがあるウイスキーの空瓶内に組み立てられた模型船、これが英語名 ship in a bottle、日本ではボトルシップと呼称されている工芸作品です。1800年頃に、(欧州の)ある船乗りが飲み終わった酒瓶と船の中にある材料だけで作ったのが始まりとされ、日本には大正時代初期に伝わり、習志野俘虜収容所のドイツ帝国兵が作ったというボトルシップが今も残されているそうである(Wikipedia)。
私がこのボトルシップを初めて見たのは、社船勤務を始めたまだかけ出しの機関士の時でした。空瓶内の模型帆船にロープを模した直径0.5mmほどの竹ヒゴが蜘蛛の巣のように張り巡らされている作品で、出来上がりの繊細さが印象に残っています。数年後の仕事にも慣れて時間的に少し余裕が出来たころ、勤務船にボトルシップ製作中の乗員が居ると聞き、この人の良さそうな司厨長から手ほどきを受けることにしました。ボトルシップの製作方法は二つに大別されます。外で組み立てた船体の上にマストを倒して置いておき、全体を狭い口から瓶内に入れた後にマスト一式を外から引き起こす方法、および、外で作った個々の部品を個別に全て瓶内で組みてる方法です。私が習得したのはより手間のかかる後者です。手伝って頂きながら、航走中をイメージした帆船をジョニーウオーカー黒ラベルの空瓶内に製作しました。次の勤務船では、オリジナルのデフォルメした帆船を、試行錯誤を繰返しながら自力でニッカG&Gに製作した。小刀、サンドペーパー、自作のヒゴ通しの工具を用いて、廃材の竹と木片などを活用して作った部品を、長さ25cmほどの細い真鍮棒とピンセットを使用して瓶口から組み込み、ボンドで接着した作品です。
大学の練習船での勤務は仕事の合間の空き時間が利用出来ましたので、このような連続して長時間行うことが困難な作業には好都合な環境でした。活用する瓶の種類は豊富になり、1ヶ月に数本の製作が可能に成るほどに技術も向上した。しかし、瓶の種別で差異はあるが、筒部に模型船の見栄えを悪くするゆがみがあります。瓶はおおまかに成型した内部に圧縮空気を吹き込んで最終的な形状に仕上げますが、ガラスの厚さが不均一な箇所では冷却工程で温度と固化速度に僅かな差が発生し、ゆがみが生じるようです。廃品利用が故の宿命です。10数年のブランクの後、一念発起して飲み干した瓶に作り始めましたが、やはりこのゆがみが気に成ります。中止を考えながらも最終工程のヒゴを取り付けていきましたところ、徐々にゆがみが気にならなく成って来くることに気付きました。完成すると脳裏に浮かぶ帆船のイメージに想像力が加勢して肉眼での見栄えが改善されるのです。即ち、続けたことで製作の道が開けたわけで、継続あっての賜物でした。
これまでの製作数は90本余りです。実在船をイメージしたものにはサントリーロイヤルの空瓶に製作したチリ海軍練習帆船エスメラルダ(教職員家族のための総合文化展で学長特別賞受賞:平成6年、東京水産大学)、バランタイン12年に製作したポーランド帆船ダルモジェジイと日本丸、デインプル15年に入れた英国帆船カテイサーク(写真)があります。また、デフォルメした帆船は意匠をこらした瓶のサントリー響17年、へネシーXO、底部が厚く筒にゆがみの無いシーバスリーガル18年、および、オーソドックスな瓶形状のニッカG&G、スーパーニッカ、シーバスリーガル12年、キリンの樽薫ると富士山麓などに製作しました。
居酒屋に展示した作品が酔客に持ち去られてがっかりしたことが思い出されます。寄贈した上司の家に飾って置かれた作品を猫が認識してひっくり返し、取れたヒゴを修理したこともありました。30年ほど前に退職した製作方法を手ほどきした乗組員からは今でも年賀の挨拶を頂いております。モチベーションが生起したら、自身の頭の健康のためにも再び製作したいと思っています。(元海鷹丸 機関長)