ファストフィッシュの功罪
幡谷 雅之(15増大)
魚介類と肉類の国民1人1日当たり摂取量の推移をみると、魚介類が長期的に減少傾向にあるのに対し、肉類はほぼ横ばい傾向にあり、平成18年(2006)には初めて肉類の摂取量が魚介類を上回った。その後、両者は拮抗していたが、21年には摂取量の差が拡大し、消費者の「魚離れ」が依然として進行している。
水産物の消費拡大を図るため、家庭で魚の調理を楽しみ、おいしく経済的に食べる消費者を増やす活動が重要である。魚の調理方法や旬に関する知識を消費者に伝えるための料理教室の開催など、漁業団体や市場関係者等による様々な取組みが行われている。
家庭で魚食に親しむことが少なくなっている子供達が魚食への興味を持つきっかけを提供するものとして、学校などにおける食育活動の重要性が増している。子供が魚食を嫌う原因となっている骨に焦点を当てたプログラムや魚の栄養成分を学ぶ授業等、様々な切り口の活動がみられる。
子供達が魚を敬遠する理由を聞いたあるアンケート調査では、「骨があるから」という点が上位に挙げられているが、魚の骨を排除するのではなく、逆に魚にどのような骨があるのか、魚の胸びれや腹びれが人間の腕や足に相当することなど、子供達がしっかりと勉強し、知識を持った上で、魚を上手においしく食べてもらうという発想の転換が必要である。それは、子供達が骨のある魚を敬遠することを防ぐ効果があるものと考えられる。
ところで、魚を食べやすく加工してある「ファストフィッシュ」というのがある。例えば、骨を抜いた魚を真空パックしてあり、フライパンで焼くだけで、あるいはそのままサラダで食べられる。この「ファストフィッシュ」について、消費者の間では賛否両論があるようだ。
魚なのに頭としっぽがない。骨も、もちろんない。何だか魚を食べた気がしない。(中略)魚に骨があるのは当たり前、魚全体の形や味を楽しみながら食べるのが日本の食文化だと思う。(44歳 主婦)
80代の親と同居しているので、誤飲を避けるため骨を抜いてある魚をしばしば買います。お年寄りも安心して食べられ、調理する私は助かります。(中略)
ファストフィッシュを使うことは、ある年代にとっては重宝で、悪いことではないと思います。
便利で安心な物を、それぞれの事情で利用するのはよいことでしょう。(57歳 学童指導員)
個人的な意見を言えば、魚は魚らしく食べていただきたい。高齢化社会におけるファストフィッシュの利用価値はいうまでもないが、尾頭付きの魚を、箸を上手に使って骨を手際よく取り除きながら、美しく食べる人をみると、「ああ日本人だなあ」とほれぼれするのだ。
一方、骨を除いた魚でなく、骨まで食べられる魚を開発する取り組みが全国的に進められている。静岡県沼津市の水産加工会社マルコーフーズでは、干物「まるごとくん」を製品化し、全国水産加工業協同組合主催の「平成26年全国水産加工品総合品質審査会」で水産庁長官賞を受賞した。
「まるごとくん」は、干物を焼き上げて真空パックした後、圧力釜に入れて加工する。釜の中で圧力と熱を加えて骨が柔らかくなり、頭からしっぽまでそのまま食べられる。アジを筆頭にサンマやカマス、キンメダイなど6種類を開発した。沼津は全国屈指のアジの干物の産地だが、最近は生産量が減少している。新製品がそれに歯止めをかけるヒット商品になることが期待されている。
考案したのは、親会社の五十嵐水産で、平成元年(1989)から開発に取り組んだ。身の歯ごたえを保ちつつ骨を柔らかくするために、加圧時間や加熱温度を調整し、試行錯誤を重ねて3年後に第一弾としてアジを商品化した。常温で半年間保存でき、そのまま食べられる。忙しくて料理する時間があまりない母親でも、手軽に子供に魚を食べさせることができる。フライパンで温めたり、ほぐしたりしておむすびやピザの具にしても美味しいという。
和食がユネスコ世界無形文化遺産に登録されてほぼ2年になる。和食の文化は「箸の文化」ともいえよう。箸だけを使って食事をする国は日本だけだという。
さて、今の日本人にはこの「箸の文化」正しく広まっているだろうか。NHKの旅番組に出演している人気落語家がひどい箸の使い方をしていることは、多くの視聴者の共通認識であろうが、日本伝統文化の一翼を担っている落語家が変な箸の持ち方をしているなど、目を覆いたくなる。それこそ洒落にもならない。
和食普及研究会によれば、正しくない(機能的ではない)箸の持ち方には、次のようなものがある。
握り箸(二本の箸を握り込む持ち方。箸の機能が全く使えない)、ペン箸(薬指を使わずに鉛筆を持つように箸を持つ。作用箸が不安定で、箸先があまり開かない)、人指し箸(人指し指を使わずに箸から離して持つ)、交差箸(箸先が交差する持ち方。箸先が揃わないので小さな物をつまめない)。
無形文化遺産は登録されると、それを保護し、諸外国で日本の食文化への理解を広めて行くことが求められる。日本人自身が日本食文化を次世代に向けて守り伝えていく必要がある。和食文化の重要な部分を占める「箸の文化」の保護・継承のため、学校給食で正しい箸の使い方を徹底的に叩きこむなど、国として適切な対応をしていかねばならないのではないか。
水産経済学者佐野雅昭は、著書「日本人が知らない漁業の大問題」を書き、定番商品ばかりの大型スーパーの店頭、ブランド化等々、マスコミでは報じられない、日本漁業を取りまく深刻な構造問題を鋭く批判した。
件のファストフィッシュについても、歯に衣着せず切り捨てる。
この頃は、魚離れというより誰かに魚を取り上げられているようにさえ感じます。
少し前まで魚はもっと身近で、ありのまま流通され、素直に消費され、もっと美味しいものでした。
さっと塩を振ってパリッと焼き、大根おろしと醤油で食べる秋のサンマやサバの味わいは、「ファストフィッシュ」では絶対に再現できないものです。(中略)
「骨なし魚」のような加工品を与えてことを済ますというのは、子供の「甘やかし」であり、大人の「手抜き」です。現代の家庭は気ぜわしく、親も時間がないことは理解しますが、子供の将来のために、少しだけ時間を割いてみてはいかがでしょう。