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2020.09.01 15:30

冷凍水産物の品質は氷結晶サイズだけでは決まらない

岡﨑 惠美子(25食大)

■水産物流通に不可欠な冷凍技術

 世界の水産物貿易量は年々増加傾向にあり,それらのほとんどが冷凍されて流通しています。水産物は、保管や流通のために冷凍技術をもっとも効果的に利用している食品素材といえます。最近の国際的な水産貿易の急速な拡大は、冷凍流通網の発達が可能にしたものであり、冷凍技術なくして魚介類のサプライチェーンは成立しないといえます。今後、「生(なま)」に限りなく近い高品質な生食用の冷凍魚介類を供給できれば、水産物の消費拡大や地域のブランド化にも大いに貢献できるものと考えられます。

■氷結晶サイズは品質決定の第一要因ではない

 研究者も含めて一般には、「冷凍水産物の品質を決める要因として、氷結晶が最も重要であり、冷凍水産物の高品質化は氷結晶をできるだけ小さくすることのみによって達成される」、「凍結状態が維持できていれば、品質変化は容易には起こらない」と堅く信じられているきらいがあります。しかし、生鮮水産物の品質を決定づける第一要因はタンパク質や脂質の性状変化であり、氷結晶サイズの大小が必ずしも決定要因ではないことはほとんど共有されていません。教科書には、「魚肉を急速に凍らせると小さな氷結晶が細胞内に多数できる(細胞内凍結)のに対し、緩慢に凍らせると細胞外に大きな氷結晶ができる(細胞外凍結)。
 細胞内凍結であれば解凍後も氷結晶の水分は細胞内に残るが、細胞外凍結した氷結晶は、筋肉組織を破壊し、エキス成分などをドリップとして流出させるため、品質が低下する」等と記載されています。しかし、これは必ずしも正しい記述とはいえません。

■冷凍変性していない魚肉タンパク質は解凍後に復元する

 凍結前の筋肉組織では、水分子は筋肉タンパク質と強く結合したり、隙間に入り込んだり、筋肉細胞膜に包まれたりして、筋肉組織にしっかりと保持されています。凍結過程では、水分子の多くはタンパク質から分離して氷結晶を形成します。解凍過程は、氷結晶が溶けて水になる過程であり、肉の組織構造は、筋肉タンパク質が冷凍変性していなければ、凍結状態で観察されるひずんだ構造から再び水を吸収して元の筋肉組織に近い状態まで復元します。変性していない筋肉タンパク質は解凍後も保水性が維持される一方、筋肉タンパク質が冷凍変性すると保水性は低下し、解凍後も氷結晶の跡が空隙として残り、筋肉組織の復元は不完全となり、解凍ドリップが生じやすくなります。すなわち、氷結晶サイズにかかわらず、タンパク質の変性が進行していないことが、解凍後の筋肉組織の復元性に重要であり、「生の食感」を維持するために必要不可欠であるといえます。

■水産物の貯蔵温度は-18℃では不十分

 FAO/WHO食品規格委員会(CODEX)の「冷凍食品取扱基準を適用する範囲」や、国際冷凍協会による「冷凍食品の製造と取り扱いについての勧告」によれば、品温-18℃以下であることが「冷凍食品」の条件となっています。しかし、生鮮魚介類を冷凍貯蔵する場合に-18℃という温度は決して十分ではなく、貯蔵中にタンパク質や脂質、色素、その他成分の変化に起因する様々な品質劣化が避けられません。一般的な商用冷蔵庫の保管温度(-20~-25℃)程度ではタンパク質がすぐに変性してしまうため、商品価値が著しく低下してしまう場合もあります。冷凍マグロが-50℃以下の超低温凍結で貯蔵されるのは、貯蔵中のミオグロビン(赤い色素タンパク質)の変色を防止するとともに、筋肉タンパク質の変性を防いで解凍後も生に近い食感を可能とするためです。急速凍結を行って氷結晶を微細化しても、その後の冷凍貯蔵温度が適したものでなければ、美味しい食感の解凍魚肉を得ることはできません。

■高品質冷凍魚肉は高鮮度魚肉から

 近年、極めて高鮮度の魚介類に含まれるATP(アデノシン三リン酸)や高いpHの有効性も明らかになってきました。ATPはショ糖の10000倍ものタンパク質変性抑制効果があり、ATP含量の高い魚肉では,タンパク質の冷凍変性やミオグロビンのメト化が抑制されることが報告されています。遠洋延縄漁船で凍結された冷凍メバチの冷凍保管中のミオグロビンのメト化速度を比較した著者らの研究では、低ATP・低pHの個体では-40℃でも顕著なメト化が認められたのに対し、高ATP・高pHの個体では,より高い温度でもメト化が抑制されたことが確認されています。すなわち、凍結前の鮮度が良いのが望ましいのは勿論のこと、貯蔵中の品質劣化を抑制するうえでも高鮮度であることには大きなメリットがあるといえます。

■品質が色々あるかまぼこも徐々にわかってきた
 
 一方、凍結速度の遅速による氷結晶サイズの差異が製品の品質に影響を及ぼす場合も当然あります。とくに日本の伝統的な板付きかまぼこは凍結・解凍による損傷を受けやすく離水を生じ易いものの、新年の祝賀用に消費が集中するため、計画的生産には冷凍保管が必要であり、製造現場では液化ガス等を使用した急速凍結が経験的に適用されています。近年の著者らの研究により、かまぼこでは魚肉の場合よりも大きな氷結晶が生成しやすく、凍結により分離した水は解凍後に組織に吸収されにくいこと、ドリップの生成状態は低温での保管により抑制できるものの、氷結晶サイズが解凍かまぼこの品質に大きく影響することが確認されました。またかまぼこは加熱方法によって異なった弾力のものが得られますが、弾力の違いが氷結晶のでき方にも影響することなども明らかになりました。

■冷凍塩漬魚肉は塩濃度がキーポイント

 「漬け」や、「一夜干し」などのように、軽く塩漬した加工魚肉の冷凍流通では、解凍ドリップの抑制が産業的な課題でした。塩含有量が高すぎると、タンパク質の溶解性を低下させる疎水性相互作用によってタンパク質凝集が進むため、高い塩濃度で処理した魚肉では筋線維の収縮、タンパク質の変性や凝集が引き起こされますが、比較的低塩濃度では、イオン結合による静電反発力の増加により筋フィラメント格子の拡大が起こるため、製品の保水力、収量、テクスチャー特性が向上します。一方、こうした塩漬魚肉の凍結による品質変化についてはほとんど情報がありませんでしたが、近年の著者らの研究により、処理する塩濃度によって氷結晶の生成状態が大きく影響されることが明らかになってきました。すなわち通常の魚肉では大きな氷柱が筋線維方向と平行に形成されるのに対し、適切な塩濃度で処理した魚肉では多数の球形の氷晶が細胞内全体に均一に生成し、解凍ドリップの少ない良好な解凍製品が得られることが明らかになりました。

■前処理、凍結・保管・解凍のすべてを一括したシステムとして適切に

 以上のように、冷凍水産物の品質に必要とされる冷凍条件は、目的とする製品の種類や用途によって異なっていますが、いずれの場合においても、凍結前の品質や前処理、凍結・保管・解凍に至るすべてのプロセスを適切に行うことが肝要です。こうした中で、高価な急速冷凍装置を導入し氷結晶を微細化しさえすれば水産物を高品質化できると信じ、保管温度への認識の欠如から失敗する例が、残念ながら多く見られます。とくに、生鮮魚肉のように未変性タンパク質を主体とする素材の場合には、「氷結晶の微細化よりも、保管温度がまず優先されるべき」といえます。関係者の皆様方には、是非このことを再認識して頂ければ幸いです。(東京海洋大学 客員教授)

*以上の内容についてご興味のある方は以下をご覧ください。
・「水産物の先進的な冷凍流通技術と品質制御」(岡﨑惠美子・今野久仁彦・鈴木徹 編著)、恒星社厚生閣、1-164(2017) http://www.kouseisha.com/book/b285908.html
・Nakazawa & Okazaki (2020) Recent research on factors influencing the quality of frozen seafood. Fisheries Science 86, 231-244. https://link.springer.com/content/pdf/10.1007/s12562-020-01402-8.pdf

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