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2021.10.01 15:25

新型コロナのワクチン事情(前編)

田中 幸二(15増大)

 先般、雲鷹丸合唱団のオンラインで新型コロナワクチンに関する知見を団員諸兄に解説したところ、黒岡団員からメルマガへの投稿を勧められ、安易な気持ちで受けました。ご笑覧いただければ幸いです。 

 日本の製薬企業(大正製薬)を経て英国の製薬企業の日本法人(GSK=グラクソスミスクライン)で通算40年ほど医薬品開発を経験し、この間ワクチンをはじめ化学療法剤や抗ウイルス薬など、各種の感染症対策薬の製造承認を国から得ました。これらの業務を通じて得た経験を踏まえ、昨今の新型コロナワクチンをめぐる問題点や話題について述べ、皆様方がすでにお持ちの新型コロナワクチンに対する知識や疑問点の整理にお役に立つことができれば幸いと考え、思いつくままに列記します。

 初めにこのウイルス(COVID-19)の厄介な点は何かということから述べ、現在日本で使用が承認されているワクチンの特性、何故日本のCOVID-19に対するワクチン開発に時間がかかるかについて解説して、最後にこのウイルスからの出口戦略を描くならばどんなシナリオになるかを挙げます。

1.COVID-19の厄介な点の数々

 一番にあげられる厄介な点は潜伏期間と発生期間のずれにあることと考えらます。本人に自覚症状はないがウイルスを排出しているため、潜伏期間中にほかの人を感染させてしまう。本人に自覚症状があれば外出をしない、家の中でも家族に感染させないようそれなりに方策をとることができるはずです。潜伏期をはじめ疫学的な特徴については北大の西浦先生の研究によると、潜伏期の中央値が5日に対し発症期間の中央値が4日で潜伏期のほうが長い、このことは潜伏期間にある患者もウイルスを排出していて新たな感染者をだしていることを意味し、西浦先生によると発症前の人からの感染が新たな感染者の約半分です。潜伏期にも感染力があることから、その追跡の難しさは想像に難くないと思われます。このウイルスの感染者に無症状な人が多く患者の囲い込みができない、この点SARS(Severe Acute Respiratory Syndrome)やMERS(Middle East Respiratory Syndrome)が海外で流行した際、患者の症状がはっきりしていて、すぐに重症化してくることから患者の囲い込みが容易で集中した治療が可能でした。このことが同じくコウモリを発生源と考えられているコロナウイルスに属するタイプの感染であっても、終焉の早かった根拠と言えるでしょう。

 二番目の厄介な点は症状の現れ方が良く分からない点です。重症になるケースとして高齢者や肥満、糖尿病、ぜんそくなどの既往症を抱えている人の方が重症になるケースが多いことは明らかになっていますが、感染しても重症化しないヒトについてはよくわかっていない。無症状あるいは軽症ですむメカニズムや、そういう人からどのように感染が拡大するのかを予測するモデルの研究が進められていますが、明確なことはわからず、今のところおそらくは遺伝的要因や免疫系における個人差が複合して、症状の重さを左右しているのではないかと考えられます。この原因が明確になれば新たな治療方法につながることでしょう。

 三番目の厄介な点はコロナウイルスがDNAを持たずにmRNA(メッセンジャーRNA)のみによる遺伝情報の伝達を行っている点です。一方DNAウイルスはその遺伝情報がDNAからスタートするため、2重らせん構造上きわめて安定しており変異を起こしにくいことがわかっています。mRNAウイルスはDNAに比較し大変不安定なRNAから遺伝情報がスタートするため変異が起こりやすいといえます。本年9月現在変異株の中でも最も感染力が強いベータ型が猛威を振るっています。新たにミュウ型の報告もあり、終焉にまでかかる時間が長ければさらにウイルスも生き残りをかけて新たなタイプの変異株に変容することが予見できます。インフルエンザウイルスもmRNAからのみ遺伝情報を伝達しているため簡単に変異を起こし、毎年その年に流行するウイルスのタイプを北半球ではあらかじめ南半球で流行しているタイプから予見し、ワクチンを製造しています。

 最後の厄介な点は、重症化の原因の大きな部分に細胞性免疫の過剰反応が寄与していることです。ウイルスそのものによる肺への直接のダメージではなく、まるで自己免疫疾患のように細胞性免疫が異常に活性化され、キラーT細胞由来のIL-1、IL-6、TNFαなどのサイトカインの過剰反応(サイトカインストーム)による肺障害で亡くなることになります。これを防ぐために、多くの医療スタッフによるケアが必要な、人工心肺装置(ECMO)によって治療が必要となり、医療機関のマンパワー不足を招く原因となっています

2.日本で現在接種可能なファイザー、モデルナのmRNAワクチンとオックスフォード&アストラ
  ゼネカ連合軍によるベクターワクチンについて

 COVID-19に対し日本政府が契約して使用しているワクチンはご承知のとおり3種類あります。我が国での使用が最初に許可されたのが、ファイザーとドイツのベンチャー企業ビオンテックが共同開発したmRNA型ワクチンで、それに遅れること数か月で承認されたのがバイオベンチャーのモデルナが開発した同じくmRNA型ワクチンです。これらはいずれもコロナウイルスのスパイクのmRNA(ウイルスの表面にあるとげ部分の設計図)を特殊な油脂の粒(ナノ粒子)にまぶしヒトに接種することで、安定してヒトの細胞内でスパイク蛋白を作り、さらにそれに対する抗体を作らせ、結果としてその抗体がコロナウイルスのスパイクに付着したウイルスがヒトの細胞の中に入れないようにするものです。mRNAは極めて不安定なためファイザーのワクチンは当初-80℃での保存が必要とされていましたが、最新の情報によるとモデルナと同様-20℃でも保存が可能とのことです。
 この二つのmRNAワクチンのもとになっている研究は、ハンガリーから米国への移民女性で、遺伝子研究者であるカタリン博士によるものです。ペンシルバニア大学で研究していた時の成果でしたが研究内容に対する価値観の違いから大学を追われ、ビオンオテック社に入社しこの企業とファイザー社との共同開発により誕生しました。神戸大学の中山教授によればカタリン博士がノーベル賞を受賞する可能性は極めて高いとのことです。
 3番目に厚労省からの許可が下りたものが、オックスフォード大学とアストラゼネカにより開発されたもので、無毒化されたチンパンジーのアデノウイルスにコロナウイルスのスパイク部分の設計図にあたるDNA蛋白を運ばせることからベクターワクチンと呼ばれています。運ばれたDNAはmRNAを経てスパイクたんぱく質を作りますが、ベクターとして用いたアデノウイルスは体内ですぐに分解されるため、感染することはありません。ベクターワクチンを筋肉内に注射すると、注射した周りの細胞にウイルスベクターが感染し細胞内で新型コロナのスパイク蛋白が作られます。このスパイク蛋白質を免疫細胞が認識して抗体や免疫細胞が作られます。mRNAワクチンに比べるとベクターワクチンは、ウイルスを使ってヒトの細胞にコロナウイルスのスパイク蛋白質の設計図を届けるという点が異なりますが、設計図をもとに細胞にスパイクたんぱく質を作らせることで免疫を誘導するという仕組みはmRNAワクチンと似ています。しかしDNAワクチンであることから安定しており、通常の冷蔵庫で6カ月間の保管が可能です。(後編へ続く)

(雲鷹丸合唱団 団員)

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