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2023.04.04 15:14

魚が出てくる落語

幡谷 雅之(15増大)

 名人志ん生の時代から落語にことのほか興味があって、子供ながらに「おいらん」などという言葉にそそられたものだ。
 
◆まず一番有名なのが「目黒のさんま」

 秋の一日、鷹狩りか何かで郊外に出かけたお殿様。当時江戸の郊外といえば「目黒」あたりか。腹を空かせた殿様が百姓の焼いた、普段は食べたことがないサンマを食して大いに満足した。後日、お屋敷で殿様はお城でサンマを所望したが、出てきたサンマは、目黒で食べたサンマとは似ても似つかない代物だった。
 料理番の家来が骨を一本一本丹念に抜き、蒸して油っ気の全くないパサパサのサンマだった。一口食べて期待が外れた殿様がいみじくも言った。「サンマは目黒に限る!」

 ことほど左様に、魚が出てくる落語は多い。
 素人鰻、アワビのし、アナゴでから抜け、鰻の幇間(たいこ)、鰻屋、芝浜、(新作では、十代目桂文治(1924~2004)が得意とし、筆者が好きだった)猫と金魚、野ざらし、干物箱、らくだ、てれすこ、居酒屋。

◆ガラガラ声で人気のあった三代目三遊亭金馬が得意とした「居酒屋」

 縄のれんを頭で分け居酒屋へ入ってきた客。醤油樽に腰掛け、店の小僧をからかいながら酒を飲み始める。そこから始まる客と小僧のやり取りは秀逸。小僧が「…できますものはつゆはしらたらこぶあんこうのようなもの、ぶりにおいもにすだこでございますエーイ…」といえば、客は「今言ったものは何でもできるのか。じゃあすまないが、ようなものを一人前持って来い」と茶化す。
 小僧「そんなものできませんヨ」と困り果てる。居酒屋の臨場感がたまらない。

◆大晦日に演じられる名作「芝浜」

 天秤棒一本で行商をしている魚屋の勝は、腕はいいものの酒好きで、仕事でも飲みすぎて失敗が続き裏長屋の貧乏暮らし。その日も女房に朝早く叩き起こされ、嫌々ながら芝の魚市場に仕入れに向かう。しかし女房が早く起こし過ぎたため市場はまだ開いていない。
 誰もいない美しい夜明けの浜辺で冷たい海水で顔を洗い、煙管を吹かしているうち、足元の海中に沈んでいた革の財布を見つける。中には大量の二分金が入っていた。有頂天になって自宅に飛んで帰った勝は、さっそく飲み仲間を集めて大酒を呑む。翌日、二日酔いで起き出した勝に女房、こんなに呑んで支払いをどうする気かとおかんむり。彼は愕然として、つくづく身の上を考えなおした勝は、大いに反省、これじゃいけねえと一念発起、キッパリ断酒して死にもの狂いに働きはじめる。
 懸命に働いた末、三年後には表通りにいっぱしの店を構えることが出来、生活も安定し、身代も増えた。そしてその年の大晦日の晩のことである。勝は妻に対して献身をねぎらい、頭を下げる。すると女房は、三年前の財布の件について告白をはじめ、真相を勝に話した。
 最初は怒った勝だったが、妻を責めることはなく、道を踏み外しそうになった自分を真人間へと立直らせてくれた妻の機転に心から感謝する。妻は懸命に頑張ってきた夫をねぎらい、久し振りに酒でもと勧める。
 はじめは拒んだ勝だったが、やがておずおずと杯を手にする。「うん、そうだな、じゃあ、呑むとするか」といったんは杯を口元に運ぶが、ふいに杯を置く。「よそう。また夢になるといけねえ」

 そのほか、素人鰻、鰻の幇間(たいこ)、野ざらし、らくだ、干物箱、河豚鍋、てれすこ、・・・魚が出てくる落語は尽きない。

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