メールマガジン

トップ > メールマガジン > 東京都庁食品Gメン半生記 後編「食品Gメンのリアルなお仕事」
2024.03.01 15:14

東京都庁食品Gメン半生記 後編「食品Gメンのリアルなお仕事」

山口剛広(32食工)

 東京都庁の食品衛生監視員(食品Gメン)の配属先は、大きく分けて(1)保健所、(2)機動班、(3)市場衛生検査所、そして(4)本庁(東京都庁舎)の4つの領域があり、私の最初の配属先はH保健所でした。東京には23の特別区がありますが、これらは東京都とは別の、それぞれが独立した自治体で、特別区の保健所職員は東京都の職員ではなく、各区の職員として採用され、雇用されています(かつては特別区にある保健所も東京都の事業所でしたが、昭和50年度に特別区に移管されて以降は現行の通りです。また、八王子市と町田市の2市も保健所設置市に移行したため、両市の保健所職員はそれぞれの市の職員です)。現在、都の保健所はこの2市を除いた多摩地区の5保健所と島しょ保健所の計6所です。

 保健所での業務は、区でも市でも都でも違いはなく、食品取扱い施設に赴いて「食品衛生監視指導計画」に基づいて行う監視指導が主です。
 監視指導を具体的に説明すると、管内にある食品等の事業者(小規模な飲食店から大規模な食品工場まで)に対し、食品等が衛生的に取り扱われているかを確認するためのサンプリング検査(無償で提供してもらうこの検査を「収去」と呼びます)や拭取り検査の他、過去の違反事例等を教訓に注意を促す「講習会」なども行います。また、事業者が飲食店や製造工場を開業または営業を継続する際に、シンクや冷蔵庫などの設備が備えられているか等を確認して営業を許可するための実地調査、略して「実査」も大きな比率を占めています。
 「収去」と「講習会」、そして「実査」が事前の計画や予定に沿って実施するルーチンワークの主なものですが、この他にも突然舞い込む業務も少なくありません。その最たるものが「違反処理」や「食中毒調査」、「苦情対応」です。
 管轄する工場や店舗で製造された食品等について、その施設での収去によって判明した違反はもちろん、他の保健所や自治体等の検査によって発見された違反についても、当該施設に立ち入って回収を指示する他、再発防止のために原因を調査します。これが「違反処理」です。
 管内の飲食施設の利用者が体調を崩したり、または管内の住民が他の自治体にある施設を利用後に体調を崩された等の届け出を受け、発症の原因となった病原体等(=病因物質)を探り、原因となった施設を突き止める調査が「食中毒調査」です。
 患者の殆どは「発症前の最後に食べた食品が原因では?」と疑われるのですが、腸管出血性大腸菌O157やノロウイルスのように摂取して数十時間後に発症する食中毒も多くあります。そのため、原因の究明には発症前数日間に遡って利用した施設の調査(残品検査や器具の拭取り、従事者検便他)や患者側の喫食調査、検便等が不可欠です。私は学生時代に見た「Dr.刑事クインシー」という米国製ドラマにハマっていました。日系人検視官・トーマス野口氏をモデルに制作された作品で、熱血検視官クインシーが知識と技術を駆使し、闇に葬られかけた真実を暴き出すというストーリーでした。私は今まで3か所の保健所に在籍し、多くの食中毒調査に携わりましたが、いずれも第一報を受けるや否や「原因を突き止めてみせる」とクインシーよろしく検査機材を抱え、先陣を切って出動したものです。
 「苦情対応」も大きな比率を占める業務です。1990年代には、都内の全保健所に寄せられる食品絡みの苦情や相談は全体で年間1,800件程度でしたが、加工乳による食中毒事件(患者数約15,000人)が発生した2000年には4,200件近くにもなりました。その後も農薬が混入した中国産冷凍餃子事件(2007~2008年)で5,600件近くに増加するなど、現在でも年間3,000件前後で推移しています。苦情対応では、憤って連絡されてくる申出者にご理解頂けるように説明することは容易ではありません。しかし、調査結果等の科学的な根拠(今風に言えばエビデンスですね)に基づいて説明し、納得してもらえると、申出者のみならずこちらも一安心です。

 保健所の次に配属されたのは食品機動監視班、略して「機動班」でした。昭和40年代は発がん性がある着色料や甘味料等が添加された加工食品をはじめ、水俣病の原因である有機水銀を含む魚介類等、飲食物に関する数多くの問題が渦巻いていました。都民が食品に対して抱くこれらの不安を払拭すべく、保健所の管轄区域の壁を越えて自在に検査を行うために結成された部署が機動班です。
 現在は、2名で1つの班を組み、大規模製造業や流通拠点等を対象とした「専門監視」や将来発生が懸念される食品等のリスクを調べる「先行調査」等を行っています。専門監視は、安全性確認のために実施する収去検査の他、2021年のHACCP制度化以降は衛生管理状況の確認にも注力しています。先行調査は、行政マンとしての先見性と科学者としての嗅覚が求められる業務です。かつて、膨張剤を用いた焼き菓子の先行調査で、品目によっては膨張剤中のミョウバンに由来する高濃度のアルミニウムの含有が判明し、この調査結果が国の定める添加物の使用基準に反映されました。このように機先を制して将来のリスクを未然に防ぐ、意義が大きな業務です。

 そして、2回の機動班勤務と4年間の本庁勤務を経て配属されたのが市場衛生検査所(市衛検)で、結局35年に及ぶ食監人生のうち通算で15年、4割以上が市場勤務となりました。かつては、都内の全ての中央卸売市場に出張所が置かれ、監視員が常駐していましたが、現在は豊洲市場にある本所の他は、大田市場と足立市場の2市場に出張所が置かれています。特別区内にある他の市場へは、この2か所の出張所から監視員が週に何回か監視指導に出向いています(多摩地区の市場は健康安全研究センター食品監視第二課が監視指導を担当しています)。
 市衛検の主な業務は「検査」と「監視」です。検査は、15年間在籍したうち出張所での9年間は保存料や防かび剤などの添加物検査を、本所勤務の6年間のうちの3年間は細菌やウイルス検査を、それぞれ担当しました。いずれも食品衛生法の規格基準に抵触する結果となれば直ちに法違反となり、販売禁止等の不利益処分に直結する責任重大な業務で緊張の連続でした。
 本所の「監視」業務には、毎朝8時から全員で仲卸店舗を見回る通常監視と、毎朝4時から宿直した2名で行う早朝監視とがあり、共に市場内にシガテラ毒魚等の不良食品の入荷がないか、食品が衛生的に扱われているか等を監視します。私は毎月1~2回割り当てられるこの早朝監視が楽しみでした。早朝監視では卸売場の活魚水槽も見回りますが、天然魚の場合は想定外の魚が混獲されて入荷することがあります。毒魚でなくても見慣れない珍種に遭遇することがあり、子供の頃から魚貝類図鑑が愛読書であった私は早朝監視の度に血が騒いだものです。
 本所勤務の後半3年間は再任用であったこともあり、検査業務からは退きましたが、毎日のように魚肉の病変や商品に混入した異物等の相談を受けては鑑別しておりました。ある日、シラス干しに混入していた紫色のロープ状の異物が持ち込まれました。相談者は「ちぎれた漁網では?」との見解でしたが、私はそれを見た瞬間、棘皮動物の一部分であろうと直感しました。図鑑と照合すると予想通りウミシダの腕と確定し、東水大OBとしての面目躍如でした。

 以上のように、35年間に及んだ食品Gメンとしての半生を総括すると、辛いこともありましたが、楽しいことの方が多かったと感じます。「情けは人の為ならず」との言葉があります。「他人に情けを施すと巡り巡って自分が情けを施されて助けられる」との意味ですが、私の周囲には、常に尊敬できる先輩方や優秀な同僚、頼りになる後輩達がいて、助けられてばかりでした。これからは、微力ながらも恩返しの余生を送ることができたら…と考えております。
 

右が筆者、左が後輩の相田祐介氏(9海食品)
左は3年間の民間企業勤務を経て2021年度に入都した東京海洋大学・食品生産科学科卒の相田祐介さん(9海食品)。専門知識はもとよりIT技術にも精通し、健康安全研究センター食品監視第一課で情報システム開発の中心を担う頼もしい後輩です。彼の他にも東京水産大学、東京海洋大学の多数の卒業生が衛生監視員として活躍中です。なお、東京都の採用試験案内は既に2月21日からホームページで公表されており、受験申込期間は2月27日から3月13日までと短いので、受験をお考えの方はご注意ください。試験区分はⅠ類B「衛生監視」です。


(東京都健康安全研究センター 広域監視部 食品監視第一課 食品機動監視担当)

 

TOP