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2024.07.01 15:17

団塊の世代、異次元からのマイワシ資源変動の謎を追う(第2回)

爲石 日出生(20漁大)

(1)最近の研究会の発表質疑で面白いこと

 第1回目のこの項目では、研究において最近の発表には場違いな発表が少ないように見受けられることを話ました。よくまとまりすぎた発表が多いような気がします。このこと自体は極めて良いことであり、原著論文も多くなるなど研究の賜物かもしれません。このことは非常に大切なことで、うまくまとめ原著論文の数を増やして行く着実な方法なのです。例えが悪いかもしれませんが、昔の川上巨人軍やドジャースも、盗塁やバンド戦法で着実に勝ちをとり、優勝を重ねたのでした。今の論文はこれと同じような気がします。

 しかし、どうも筆者が望んでいる発表内容は、聞き手に「あきれ果てられる」ような「ばかばかしく、トンチンカン」と思われるようなものを望んでいるようです。このような発表者は、なんとなく目線が斜め45°の上を向いてボーっとしていますが、遠い未来を見つめています。発表内容が誰にも理解されなくても、自身の研究を楽しんでいるとさえ思えるのです。

 今度は逆に質問する方ですが、研究発表会などで発言しますと、質問が求められます。発表に関連した適格で要所をついた質問が多く、感心させられます。あたかも、そのように関連した内容の質問をしなければならないようにさえ見受けられます。しかし、発表者にとって興味深いのは、「なぜ、そのような質問をしたのかわからない」ような、言うなれば「ややトンチンカンな質問」で、また「何を言いたいのかわからないような質問」があります。上記の異次元の研究発表者は、このような質問を好みます。必ず「質問の同じ内容をわかりやすく要約しながら繰り返し、確認の上なぜこのような質問に至ったのか」を聞きます。そして、その真意を見極めます。すると、なぜか新しい発見があるのです。極めてまれに新しい研究展開へと進むようなヒントが隠されていることもあるのです。例えば、「地球規模のマイワシ資源の増減の原因はメッセンジャー遺伝子であるmRNAのレトロトランスポゾン遺伝子にある」など、かなり飛躍した話に思わず繋がっているのです。一般的にその知識の関連した質問よりも、異次元の質問が新しい発想が含まるような気がします。ときどき、しどろもどろの質問者は、なぜそのような質問をするのか、深く尋ねてみたくなります。説明ができないこともありますが、大変貴重な内容を含んでいることも多々あるのです。多いに質問しましょう。  

 これらのことは、あたかも将棋士の藤井聡太八冠が、極めてピンチの時に考え抜いた末に、凡手を打つことに似ています。ところが、この凡手が恐ろしいのです。この凡手、その陰にはコンピュータのAIを駆使した末にたどり着いた手であったのです。もちろん、一見凡手に見えますが相手がこれにはまりますと十数手の先まで見えており、逆転となります。AIとの練習を何回も重ねた末の直感で、ピンチを逆転に繋げたのです。AIで培った「直感」とも言え、今のAI(チャットGPT)や量子(コンピュータ)の時代に必要な考え方は、異次元の「直感」が求められるのではないでしょうか。

 さて、水産科学の世界においても「直感」の発想が求められる可能性があります。それがパラダイムシフトに繋がるような「異次元の直感」が必要になってくるように思われます。これは、AIが発達する時代において人間がしなければならない考え方を、藤井聡太八冠が身をもって教えてくれているようにも思われます。

(2)パラダイムシフト

 第1回目のメルマガですでに述べましたが、日本の科学者川崎健先生は1983年の4月18~29日にFAO主催のコスタリカの首都サンホセで行われたシンポジウムで、水産資源学の常識を変えるパラダイムシフト的な旋風を巻き起こしました。パラダイムシフトとは、少し大げさですがわかりやすい例で例えますと、コペルニクスの「地動説」やウェゲナーの「大陸漂移説」です。今まで通常科学では考えられない現象で、説を唱えた時には全く顧みられなかった現象が50年先100年先には通常科学になり、一般常識になっていることです。

 どうも川崎健先生の研究発表は、少し意味が浅いかもしれませんがパラダイムシフト的な要素を含んでいそうです。ここで(1)項で述べました「直感」が必要となると思います。そのため、その詳細を述べることは、これからの科学を発展させるために必要な要素と考えました。

 その国際会議までの時代において一般的な水産資源学の趨勢は、長谷川彰先生(1985)が言うように「漁獲高は、漁獲費用とともに、漁獲努力の関数である」に象徴され、漁獲努力によるものとされていました。当時、世界中の水産の科学者は、マイワシなどの浮魚資源の大幅な減少が乱獲の結果であるとしており、この乱獲説が当然のように考えられていたのです。この会議においても、日本側の唯一の招待者である田中昌一先生(1998)でさえも、次のように述べています。「資源数理学において環境論はやっかいものである。環境変動は、平均のまわりのランダムな変動であり、マイワシのように大変動する資源の変動予測は動態論によって予測することはできない」。この指摘は非常に重要です。また同時に「マイワシのように60年もの長い周期の変動ではその動態に呼応する自然要因は把握されておらず、自然環境要因を入れた動態論によっては予測することはできない」とまで述べていました。すなわち、自然環境要因を入れた予測は困難であるとしていたのです。

 しかし、この会議において川崎健先生は、演壇上で「浮魚の中に大きな資源変動を行う魚種があるが、それは乱獲のみで説明できるであろうか?」と聴衆に疑問を投げかけました。この時に「直感」が働いた図が、第1回目で掲載しました図1です。川崎健先生自身は、その問いかけにすでに回答を用意していました。すなわち、「環太平洋のマイワシ漁獲量は、周期の長さも位相も太平洋全域で一致しています。これは、増加傾向の時は人間が多く漁獲しても増加し続け、資源の減少傾向に入ると人間が全く漁獲しなくても減り続ける傾向にあり、漁獲量変動は人間の影響の及ぶ範囲外の自然的要因が重要になります」と説きました。この環太平洋規模の変動の一致は、単なる漁獲のみによる偶然ではなく、原因に太平洋規模の気候変動が影響していることも付け加えています。しかしながら、多くの水産の科学者により「カリフォルニア・マイワシもベンゲラ・マイワシもペルー・アンチョビーも、すべて乱獲によって崩壊した」とする乱獲説がこの会議の中での趨勢で、川崎健先生のこの発言は異次元で異端的な発言でした。

 一方、1983年のこの会議以降は、多くの科学者によって水産資源学に自然環境要因を導入しようという研究が多くなっています。この新しい時代を創る現象が、通常科学からの脱却するためのパラダイムシフトです。

 さて、次回第3回目は地球儀を眺めながら、パラダイムシフトによって大気海洋の自然環境要因を導入した新しい研究の世界が花開いたことを紹介し、このような一地域の地球表層科学では説明つかないことにより、環境要因の中心が地球内部科学に向かった経過をお話しします。

図1.世界のマイワシ類の漁獲量の長期変動(万トン),1984-1993.

 A1:極東マイワシ(日本漁業による)
 A2:極東マイワシ(日本,朝鮮,ロシア漁業による)
 B  :カリファルニア・マイワシ,
 C  :チリ・マイワシ,
 D  :ヨーロッパ・マイワシで漁獲量変動周期並びに位相が地球規模で一致(川崎,2017)

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