メールマガジン

トップ > メールマガジン > 団塊の世代、異次元からのマイワシ資源変動の謎を追う(第1回)
2024.06.03 17:54

団塊の世代、異次元からのマイワシ資源変動の謎を追う(第1回)

爲石 日出生(20漁大)

 ここは、とある学会の研究発表の場。つい今しがた研究発表が終わった会場でのこと。聞いているほとんどの参加者は、ややあきれた顔をしている。しばし沈黙の後、某大学の准教授から諭しとも受け取れる言葉での質問があった。筆者は思っています。「研究はとっぴ」な程良い。「あきれ気味な発表」程良い。「なんだ、こりゃー!と思わせる」程良い。「奇想天外と思われる」程良い。新しい分野を切り開き、夢のある新しい時代に行くためには、思い切り視点を変えた異次元の観点から見た発表が良いと。

 少し昔の話になりますが、国際会議の中で今までの傾向とは全く異なる異次元の発表をした有名な科学者がいました。その時のことを詳しく話してみます。この会議までは、水産資源学の世界的な傾向といたしまして漁獲量、漁獲死亡、漁獲努力など、人為的な変動の要因で解析されていました。というのも、そもそも水産資源学は北欧や米英諸国の人為的な漁獲量の統計解析から始まったからであり、数理的な資源解析が態勢を占めていたからです。ところが、1983年4月18日~29日にコスタリカの首都サンホセで、FAO(国際連合食糧農業機関)主催の「浮魚資源の資源量と魚種組成の変動を検討する専門家会議」におきまして、水産資源学に自然環境要因の影響を世界で初めて唱えた科学者がいました。このことは、今までの水産資源変動に「自然環境要因」が影響するなど、全く考えられてなく、大いに反響を呼びました。このように資源変動に「自然環境要因」を導入した時期は世界的に見ても意外と浅く、この会議がキックオフとなり、それ以降のことです。

 この科学者は、この国際会議以降も孤軍奮闘しました。この後の会議において、1986年スペインのピゴでの国際シンポジウム、1987年メキシコのラパスでの国際ワークショップ、1989年の仙台国際シンポジウムと矢継ぎ早に話題の中心が、この「自然環境要因」の導入であったことでも分かります。この「自然環境要因」を唱えたのが、他でもない日本人の科学者川崎健先生でした。この科学者を異次元の提唱に駆り立てたのが、図1です。

 その図の内容は、日本近海域のマイワシ、カリフォルニアのマイワシ、ペルー・チリー沖のマイワシなど環太平洋海域のマイワシ資源が、1930年頃および1990年頃に漁獲量のピークを持つ長期の同期的な変動を起こし、その原因にグローバルな気候変動が影響していることを提唱したものでした。

 この図を見ていまして、筆者としましては不思議な図としか言いようがありません。自然界の不思議さが湧いてきます。まず一番目に、マイワシの漁獲量は、1930年頃と1990年頃にピークが見られ、60年もの長い周期性を持っていること。60年間と言えば人の一生のうちで一度だけ豊漁期を経験することになり、運の良い人は2回の経験ができるかもしれません。環境の影響を考えますと、60年もあれば海の水温や黒潮の蛇行や親潮の強弱など、いろいろ変化の組み合わせがあり、稚仔魚の生き残りに適した環境が何回かはあったはずです。にもかかわらず、それとは関係ないように涼しい顔で増えれば60年もの間、ゆっくりと増え続け、またゆっくりと減り続けます。このことは、海の変化とは関係ないように思われます。 
 第二に、図1が示すとおりヨーロッパ・マイワシ、南米チリ・マイワシ、北米西岸カリフォルニア・マイワシ、極東マイワシで、マイワシの往来が無いにも関わらず、地球規模で漁獲量変動周期並びに位相が一致していることです。最近の遺伝子の研究から、このような各海域のマイワシについては、地球規模での交流関係はないとの結果が出ています。このように交流がないにも関わらず、地球規模で増減の位相が一致する点は、不思議です。
 第三に、漁獲量の増減において、少ないときで1万トン以下、多いときで450万トンと、その増減幅が他の魚種に比べ極めて大きいことにあります。


 図1.世界のマイワシ類の漁獲量の長期変動(万トン),1984-1993.
 A1:極東マイワシ(日本漁業による)    
 A2:極東マイワシ(日本,朝鮮,ロシア漁業による)
 B  :カリファルニア・マイワシ,
   C  :チリ・マイワシ,
   D  :ヨーロッパ・マイワシで漁獲量変動周期並びに位相が地球規模で一致(川崎,2017)

 ここで、なぜマイワシという魚種を取り挙げたかと言いますと、例えば穀物の代表例としてトウモロコシ、小麦が挙げられ、果物ではミカン、リンゴが代表とされます。同様に、魚ではこれに匹敵する代表は、マイワシ、マサバです。さらに、多くの魚種の中でマイワシを研究事例として取り扱った理由としましては、マイワシが真骨魚類の中でも発生が古く、遺伝子から判定して260~340万年前の新第三紀鮮新世と言われています。現在の浮魚資源の中では、代表的な位置を占めていることになります。また、現在でも過去においても、地球規模で分布しており、一つの魚種の漁獲量としては最も資源量が多い魚種です。例えば、マイワシ属、カタクチイワシ属、ニシン属などを含むニシン亜目魚類の生産量は、2014年の世界の漁獲量の中で1,522万トンであり、全漁獲高の23%を占めています。現在、世界人口が80億人を超える時代において人類全体の食糧資源として、マイワシ資源を管理することは重要な課題と言えます。また、このマイワシ資源は将来的に増養殖の高級魚の餌になる関係もあって水産業全体にも影響し、フッシュミール(魚粕)として家畜の餌にもなることから、食糧問題も含めた重要な資源と言えることも関係しているからです。

 今回は第1回目としまして、マイワシが地球規模で資源変動する不思議な魚種であり、また魚資源としてその漁獲量の多さから世界の代表選手と言える興味深い魚であることを述べました。第2回目からは、この不思議なマイワシ資源変動の謎に異次元から挑戦する研究に関しまして、分かりやすく語っていきたいと思います。

TOP