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2016.09.30 11:13

新しい水産資源の管理に向けて

櫻本和美(23漁大12修) 

 人類が月面に降り立ってから既に50年近くが経過し、無人惑星探査機ボイジャーが火星表面の鮮明な画像を地球上に自動送信してくるような時代になっても、水産資源学にはみるべき進歩もなく、期待されているその役割をはたしていないように思われる。本稿では、なぜ資源管理がうまくいかないのか、水産資源学のどこに問題があり、今後どのような方向にすすんでいくべきであるかについて述べたい。

 水産資源の管理は、人類の動物性蛋白源を確保し、その限りある自然資源の有効利用を達成するためにも成功させなければならない(我が東京海洋大学にとっても)最重要課題の一つと言えるだろう。しかし、その実現が決して容易でないことは、現時点においてもそれが達成できないばかりか、資源管理に関するさまざまな意見が対立状態にあることからも明らかである。

 水産資源の管理を成功させるためには、2つの事項が解決されなければならない。第一は、対象となる水産資源の生物学的な特性を明らかにし、資源変動のメカニズムを把握すること、すなわち、生物学的・自然科学的な問題を解決することである。第二は資源管理を実施するための社会制度上の問題を解決することである。漁獲量の上限を規制するいわゆる「出口規制」を重視すべきであるか、漁船規模や漁期・漁場などを規制する「入口規制」を重視すべきであるかという議論や、日本のように漁業協同組合などを管理主体とするボトムアップ型の管理制度と、欧米にみられるようなトップダウン型の管理制度のどちらがより有効であるかという議論等々、その内容は多岐にわたる。社会制度上の問題と生物学的・自然科学的な問題とは次元を異にする問題ではあるのだが、両者は同時にまた互いに密接な関係を持っている点にも注意する必要がある。社会制度上の問題が議論される場合には、しばしば生物学的・自然科学的な問題を棚上げして議論してしまう人もいて、議論が混乱してしまう場合も少なくない。生物学的・自然科学的な知見の多寡や資源量推定などの推定精度上の問題が社会的制度の在り方に大きな影響を与えることも忘れてはならない。本稿では、とかく棚上げにされがちな前者の問題に焦点を当てて論じることにする。

 なぜ資源管理がうまくいかないのかを生物学的・自然科学的な側面から述べると、それは「現在、定説となっている資源管理の理論が誤っているから」ということに尽きる。現在定説となっている資源管理の理論とはすなわち、最大持続生産量(Maximum Sustainable Yield, 略してMSY)と言われる理論である。MSY理論については「自然資源を持続的に利用する」という概念を広く世界に広めることに成功したという偉大ともいえる功績を抜きには語れないが、それ以上に、「結果的には世界中の資源管理を成功から遠ざける主因となってしまった」という負の側面の方がより強調されるべきかもしれない。資源変動の真のメカニズムがMSY理論とは全く異なるメカニズムに基づいているにも関わらず、MSY理論が正しいという前提のもとで、資源管理を議論し、管理を実施しても「資源管理が成功することには決してならない」ことは明らかであろう。

 残念ながら、紙面の制約上、本稿で詳細を論ずることはできないが、今話題の太平洋クロマグロの資源変動を例として取り上げ、上記について論じた小論が既に公開されているので、是非、そちらをご覧いただきたい。インターネット上で「日本水産資源保護協会、季報548」と入力するとダウンロード可能である。太平洋クロマグロはマグロ類の国際管理機関の1つであるISC(北太平洋まぐろ類国際科学小委員会)で資源管理等が議論されているが、ISCにおいても太平洋クロマグロの再生産関係は不明とされている。しかし、上記で述べたようにMSY理論をベースに議論をしている限り、そのような結論しか得られないのはむしろ当然であると言えるだろう。上記小論では、MSY理論に代わる新しい資源変動の概念に基づいて議論すれば、

(1)再生産関係(親から子への量的関係)の特定が可能になること

(2)過去60年間にも及ぶ長期間の産卵親魚量の経年変動の再現が可能になること

(3)漁獲量規制を実施した場合の規制の効果等がミュレーションによって検討可能になること

などを解説している。是非、ご笑覧いただければと思う。さらに水産資源の管理について興味を持たれた方は、佐藤力生氏(22増大)のブログ「本音で語る資源管理」[i] も是非ご覧頂きたい。広範囲な水産資源の問題が軽妙洒脱な文体でわかりやすく解説されておりお薦めである。(東京海洋大学教授)


[i] 佐藤力生ブログ「本音で語る資源管理」http://shigenkanri.jp/ 

 

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