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2024.08.01 14:39

団塊の世代、異次元からのマイワシ資源変動の謎を追う(第3回)

爲石 日出生(20漁大)

(1)マイワシの資源変動への地球表層科学の貢献

 すでに連載第1回目のメルマガでも紹介しましたが、1983年のサンホセ会議において川崎健先生は、マイワシ資源変動には自然環境要因が重要と唱え、この国際会議以降も孤軍奮闘されています。この後の会議でも、1986年はスペインのピゴで国際シンポジウム、1987年メキシコのラパスで国際ワークショップ、1989年の仙台国際シンポジウムも、中心話題がこの自然環境要因であったことからも、孤軍奮闘ぶりが分かります。

 それ以前は、「自然環境要因とマイワシ漁獲量変動」はほとんど研究されていないようです。このことを実証するために、1983年以前の「マイワシ資源変動と自然環境要因との関係」の研究を探してみましたが、ほとんど見つかりませんでした。唯一発見しましたのが、川崎健先生のサンホセ会議での発表に大きな影響を受た海洋生態学・水産資源学者D.H.クッシングの「Marine Ecology and Fisheries」(1975)の研究でした。

 しかし、1983年以降は堰を切ったように矢継ぎ早にマイワシと自然環境要因との関係の研究発表が多くなっています。まさしく1983年の川崎健先生が唱えられたパラダイムシフトの様相です。
 以下、参考のため主な研究内容を年代順に並べてみました。ご興味のない読者様は、この項の最後のパラグラフ「以上・・・」からお読みください。

 ①海洋定点観測から得た水温長期変動とマイワシ漁獲量(友定,1988)、②黒潮流路の長期変動とマイワシ漁獲量との関係(青木ら,1992)、③杉の木の年輪から得た長期の気候変動とマイワシ漁獲量との関連(平本,1996)、さらに④木の年輪から北アメリカの北西沿岸の気温(40°~50°N、 130°~110°W)を1600~1990年まで抽出し、マイワシの漁獲量と正の相関があることを発見している(Yasuda,I. et al.,2001)。また、⑤PDO(pacific decadal oscillation)の変動とマイワシ漁獲量との関係(高須賀,1988;友定,2008)などがあります。一方、⑥近年では気候ジャンプと水産資源との関連において、エルニーニョからレジームシフトまでの中長期的環境変動と水産資源の応答を研究した「日本周辺の水産資源の長期変動に及ぼす気候と海洋環境変動の影響」(田,2014)、さらに⑦水産資源の仔稚魚の段階の耳石日周輪幅から経験環境や回遊経路を推定することで資源と環境要因を関連付けた「気候変動が水産資源の変動に与える影響を理解する上での問題点と今後の展望)」(伊藤ら,2018)が代表的な事例として挙げられます。
 このように気温の長期変動や気候ジャンプなどの気候変動、PDOの水温長期変動、NPIの気圧長期変動、黒潮変動の海流など中長期環境変動であり、その多くが地球規模での表層科学の流体環境要因として述べられています。

 以上、いずれにしましても上記のように1983年サンホセ会議以降に、水産資源学に自然環境要因である気候海洋環境のマイワシ資源への影響に関係する研究が多く発表されましたことは、水産科学におけるパラダイムシフトと言ってよいと思います。しかしながら、気候や海洋変動は地球規模で言えば一部の地域であり、連載第1、2回の図にみられますように地球規模でマイワシの長い周期や位相が一致することへの説明には乏しいものがあります。一方、地球儀を眺めながら、このような一つの地域の地球表層科学を中心としました海洋や気候変動のみでは、この図の世界の海洋全体のマイワシ漁獲量変動が説明つかない気がしてきました。これはただ事ではありません。今までとは異なる異次元の要因が必要であるとの「直感」が働きました。

(2)地球表層科学から地球内部科学への異次元的飛躍

 川崎健先生は自然環境要因説の新しい分野を切り開きましたが、もうひとつの大きな成果は、マイワシ資源の分布範囲や環境の視野を地球規模に拡大する基礎を構築したことにあります。すなわち、黒潮などの我が国周辺の海況変動や気候変動を通して、北半球高緯度の地上気温変動やアリューシャン低気圧の変動など太平洋全域の環境という視点まで拡大し、さらには地球規模に拡大し、地球表層科学を発展させたことも今までにない成果でした。

 一方、この成果に基づいて地球規模の現象に発展させるためには、地球表層科学の視点をさらに地球という惑星の一個体として捉え、地球内部科学まで拡大する必要がありました。なぜなら、マイワシは世界中に分布し、すでに今までの研究からマイワシ資源は60年もの長周期で世界的に増減の周期と位相が一致する傾向を持つことが示されているからです。以前から地球規模の環境要因を発見することの重要性が指摘されていたからです。

 ここで資源に影響する地球規模の流体として唯一残されていたものに、地球深部2900km〜5150kmに、地球全体の質量の30%を占める地球流体核(外核)があります。この地球流体核の変動を見逃すわけにはいきません。この地球流体核は直接観測することは不可能で、間接的に観測ができる指標に地球自転速度変化があります(図1)。この地球自転速度とマイワシの漁獲変動との関連は、地球自転速度変動の周期も60年周期とも言われており、さらに近年実証され始めています。川崎健先生が導入した環境要因として、地球規模の大気海洋を挙げましたが、その発展例の一部として地球自転速度変動とマイワシ漁獲量の相関を図示しました(図2)。さらに図3は、それら地球自転速度変化、マイワシ漁獲量、資源量、豊凶模式図の長期変動を表しています。この結果は、川崎健先生がコンビナーとして1989年11月の国際シンポジウムにおいて発表し、国際的に関心が得られたマイワシ資源の変動予測に利用できる可能性も高いと思われます。

 地球内部科学という、今までに想像もつかなかった自然環境要因が出てきました。次回4回目にはこのことについて説明し、地球規模のマイワシ資源変動に古文書から挑んだ水産科学者も登場します。図3の最下段の模式図とも関連しますのでご期待ください。

図1・図中の□枠部分が我が国のマイワシの豊漁年代
   ・折れ線グラフは地球自転速度変化 (LOD:上方は自転速度が速い・下方は遅い)
   ・横軸は1657年~2018年の年経過
   ・上端の( )内の年は豊漁年代の中心年                                        
                       (爲石ら,2022)

図2 3期に分けた時の地球自転速度変化とマイワシ漁獲量との相関(a)、(b)、(c)と
       全体を通した時の相関(d)。

・First period (第1期:1920~1940年 R2=0.38(r=0.62)p<0.05 N=21)
・Second period (第2期:1970~1990年 R2=0.71(r=0.84)p<0.001 N=21)
・Third period(第3期:2010~2019 年 R2=0.93(r=0.96)p=7.92E-6<0.0001 N=10)
・Total period (全期間:1910~1972年 R2=0.41(r=0.64)  p<0.001 N=63)
                                                         (爲石ら,2022)

図3  地球自転速度変動(最上図),マイワシ漁獲量変動(上から2番目の図)、
      マイワシ資源量変動(下から2番目の図)、およびマイワシ漁獲の豊凶図(最下図)

 地球自転速度変化図とマイワシ漁獲量、マイワシ資源量、マイワシ豊凶図とよく一致している。                                                                                                               (爲石ら,2022)

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