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2017.03.03 15:53

未利用資源の有効利用に関する研究

大迫 一史(特別会員)

 私は小さいころ広島県の山奥に住んでいました。庄原市というところなのですが、日本海に行くにも瀬戸内海に行くにも100キロ以上の距離があり、海のことは殆ど知らず、専ら川で遊んでいました。川ではコイやフナを釣ったり、ザリガニやサワガニを捕まえたりと、毎日小学校から帰宅すると、そのまま一人で川に行っていました。今、思うと、生き物が好きだったのではなく、これらを捕まえるのが好きだったのだと思います。最終的にはそのような趣味が昂じて大学4年生のときはモクズガニの生態についての研究をしておりました。モクズガニとは、高級品で知られる上海ガニの親戚で全体が茶色っぽく、ハサミの部分には毛が生えています。また、通し回遊をすることでも知られており、通常は川で生活をしておりますが、交尾、産卵のために川を下り、幼生になってから川を遡上して数年後の繁殖期まで川で生活します。大学時代は研究のためにこのカニをしょっちゅう捕まえに川に行っていました。この頃、川から海にかけての自然環境の大切さを痛切に感じるようになりました。

 そのような生活を大学院の修士2年まで続けました。そして就職となるのですが、エビやカニなどの幼生をつくる(種苗生産)研究をする仕事に就きたいと思いました。この頃、川で採取したカニは大学に持ち帰り飼育していました。カニの飼育用に一軒家を大学から丸ごと借りてもらっていて、ここで沢山のカニを飼育していたのです。毎日エサを与えに行くのですが、カニの方でそのうち慣れてきて、私が来る物音がするとエサが欲しいためにワサワサと動き始めるのです。
 種苗生産の研究が出来るのは、そのまま大学に残るか、公的な研究機関に就職するしかありませんでした。研究室には私よりも年上の3名の博士課程の先輩がおられ,それぞれ10才上,6才上,1才上でした。これら先輩方の壁は厚く、これを乗り越えて大学の教員になることができるとは思えません。ということで、公的な研究機関に就職をしようと思い、公務員試験を受験しましたが、国家公務員、地方公務員ともに合格することは出来ませんでした。これらの試験が不合格になった後、慌てて民間企業も探しましたが時は既に遅く、相手にしてくれる会社はありませんでした。

 というわけで、仕事も無く、1年間就職浪人をしました。就職浪人中は、2年間留年して修士課程の学生だった同級生の悪友と毎日遊び歩いていました。この友人が探検部の部員だったこともあり、川にカニを獲りに行ったり、海でダイビングをしたりと九州の自然を大いに楽しみました。翌年何とか公務員試験に合格し、長崎県職員となり、2年間の島原勤務を経て長崎県総合水産試験場に移動となりました。移動前の意向調査では種苗生産部署に配属希望な旨、また、特殊な知識が必要な水産加工部署に配属されても知識が無い私では何の役にも立たないため、そこだけ極力配属を避けてほしい旨意向を述べました。ところが、いざ3月末、辞令が交付されると「長崎県総合水産試験場 水産加工開発指導センター勤務を命ず」とあります。ただただ驚きました。長崎県総合水産試験場 水産加工開発指導センターで勤務し始めて数年後、はじめは戸惑っていた仕事も少しずつ知識を蓄えていき、最終的には学位を取得しました。あれほど憧れた種苗生産部署でしたが、興味は完全に水産加工に向いてしまい、次は自分独自の分野を切り広げたいと思うようになりました。

 そのような時に、当時、介藻類科の科長をされていた藤井明彦氏が「大迫君、アイゴはどがんかならんかね。」と相談を持ち掛けて来てくださいました。アイゴとは釣り好きの人ならよくご存知と思いますが、別名「バリ」とも呼ばれ、背鰭と胸鰭に毒棘を有し、また、死後少し鮮度が落ちると内臓から強烈な臭気がし、一般にはあまり食用とされない魚です。当時、このアイゴの海藻の食害が磯焼けの原因生物の1つだとして、その駆除法が模索されていたのです。磯焼けとは、海岸線の藻場が消失する現象で、このことにより藻場を生活の場としている魚類をはじめとする生物を中心とする生態系を狂わせ、ひいては海洋環境の破壊に繋がるとして問題視されています。藤井氏はアイゴ駆除事業などの一環として漁獲したアイゴをそのまま捨てるのはもったい無い、あるいは、魚価が低いアイゴが何かの水産加工原料として有効利用することができれば魚価が上がり、漁業者が積極的にこれを漁獲するようになるのではないかと考えたのです。

アイゴ (学名:Siganus fuscescens )

「毒棘があり、鮮度が低下すると内臓から悪臭を発し、この臭いが肉にも移行してしまうアイゴをどのように加工すればよいか?」当時の私は考えました。「そもそも付着している臭気を魚肉から除去しなくてはならないのであれば、どのように除去するか?」,「蒲鉾であれば、一般に魚肉を一端で水で洗浄する「晒」という工程がある」ということで、実際にためしてみると、アイゴから非常に美味な蒲鉾をつくることができました。

 次はアイゴを原料とした干物、その次は魚醤油、といった具合に、アイゴの有効利用についての論文を沢山書いて世の中に出しました。また、アイゴと同様に磯焼けの原因生物されるムラサキウニやイスズミについての論文も世の中に出しました。

 このようにして、私はいつの間にか「海洋環境を守るための水産加工」という分野を切り広げていました。東京海洋大学の教員となった現在でも、海洋環境一体型の水産加工は継続しておりますが、次は、近い将来の食糧難の時代に備えて、「食べられない水産資源を食べられるようにする水産加工」という分野にも切り広げていくべく、学生たちと研究をしております。(東京海洋大学 准教授)

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