メールマガジン

トップ > メールマガジン > 好気的脱窒装置を使った換水の必要のない陸上養殖
2020.11.02 15:46

好気的脱窒装置を使った換水の必要のない陸上養殖

延東 真(特別会員)

 海洋大を去って1年半が過ぎましたが、去る間際になって開発した好気的脱窒法が特許となり、今は趣味のテニスや釣りの他、その関係の仕事が舞い込んできて、そこそこに忙しく元気な日々を過ごしてしております。表題にある好気的脱窒装置とは、酸素のある条件でバクテリアなど微生物を使って水中の硝酸を除去するもので、水交換の必要がない魚介類の養殖(完全閉鎖循環式陸上養殖)を可能にするものです。その原理や効果については学会など別のところで公表し、業界では徐々にですが普及し始めています。ただ多くの方々から、キーポイントについてもっとやさしい解説をとか、開発に至った経緯や将来の活用法などについて聞かせてほしいとかの声があがるようになりました。ご期待に沿える機会にはなかなか恵まれずに来ましたので、この場をお借りして応えることができればと思います。 

 私は海洋大(赴任時は東京水産大)の前には宮崎大で教員をしておりましたが、そこで東京水産大にも在籍されたこともあった丸山俊朗先生が、泡沫分離機を使ったヒラメの飼育試験をされているのを目にすることが出来ました。また、宮崎大で同僚だった国立研究開発法人・増養殖研究所元所長の飯田貴次先生には間欠ろ過式硝化装置を教えていただきました。泡沫分離機は水中に微細な泡を発生させて泡の周囲に汚れをくっつけ、泡ごと汚れを外に出して水を浄化します。間欠ろ過式硝化装置はピペット洗浄器の原理を使って硝化バクテリアを空気に暴露し、その能力をアップさせます。お二人にそのような興味深い装置を教えていただいたことが、魚介類の飼育技術に興味を持つきっかけとなりました。海洋大に来てからは品川キャンパスで、その泡沫分離機と間欠ろ過硝化装置を使って卒業研究などに使う魚介類を育てておりました。ただ、このシステムでは2週間程度は水を交換しないでも健康に飼えるのですが、飼育水のpHがだんだんと下がって来て重曹などを使って補正しても、最後には水を交換しなければ魚では成長が悪くなるし、無脊椎動物は飼うことさえできなくなります。このpHが下がる理由は、魚介類を長期にわたって飼育すると飼育水に硝酸が溜まるからです。魚介類はアンモニアを排泄しますが、それはとても毒力が強いので硝化バクテリアの働きを使って硝酸へと変化させます。硝酸は弱毒なのでしばらくは水の交換がいらないのですが、先に述べたように最後には硝酸が溜まりすぎて飼育水の交換が必要となります。硝酸のように分子が小さいものを除去する技術はたいへん費用が掛かり、魚介類のような経済動物を相手にするには利用できません。このように、硝酸を除去できないことがボトルネックとなって、今までは取水・排水設備が完備された換水の容易な場所でないと、長期間の魚介類の飼育は不可能でした。

 在職中の還暦を過ぎたある日ですが、OB達がお祝いをしてくれました。翌日、二日酔いの頭で海洋大を去るまでにもう少し時間があるので、やり残した仕事にケリをつけたいなと考えました。そのやり残した仕事の一つが先ほど述べた硝酸を除去する簡便な技術の開発で、それが出来れば単に魚の飼育だけでなく、社会にも大きな貢献ができるなと思い、残された何年間をそれらに集中することにしました。硝酸にまつわる問題は、農地の施肥に伴う地下水汚染や畜産排水処理でも起きており、単に養魚にとどまる問題ではないからです。ここで言う硝酸を除去する簡便な技術とは脱窒反応を指しますが、自然界で脱窒は主にバクテリアなど微生物より行われます。バクテリアが硝酸から酸素を奪うので窒素が残り、それはガスとなって空気中へ出て行きます。この反応を酸素の無い条件で行う場合を嫌気的脱窒と言い、酸素の多い条件で行う場合を好気的脱窒と言います。嫌気的脱窒は反応条件がすでに分かっていて安定的して能力を発揮するので、以前は脱窒と言うと嫌気的脱窒を指していました。いっぽう好気的脱窒の方は、セルロースを基質に脱窒を行うバクテリアがいることが分かってはいました。ただ反応条件が不明で、高い脱窒能力を安定して得るまでには至っていませんでした。しかし、嫌気的脱窒は酸素の無い条件を維持するのが面倒な上、前処理が必要だったり脱窒菌の増殖が遅いという欠点もあったりして、広く普及していません。

 そこで、今まで多くの人たちが試しても上手くいかなかったことは知っていたのですが、普及するのは前処理などのいらない好気的脱窒法しかないと考え、それに賭けてみることにしました。なかなか良いアイデアが浮かばなかったのですが、飼育室で考えているとき、ふと目の前にあった間欠ろ過式硝化装置に目が留まりました。この装置はバクテリアを空気に暴露して硝化能力をアップさせることを思い出し、脱窒も間欠ろ過装置にセルロース基質を収納すれば少しでも能力がアップしないかと試して見ることにしました。すると信じられないほど高い能力の好気的脱窒反応が簡単に始まり、しかも安定して継続しました。後から考えて見ると、今までの好気的脱窒技術開発は水中の酸素量を増やすことに苦労していましたが、水中の酸素量はいくら増やそうとしても限界があるのに対し、空気中の酸素量は重量比にして水中酸素量の10倍あります。この空気中の豊富な酸素を利用することで、高い脱窒能力を持った好気的脱窒バクテリアの繁殖が可能になったのだと思います。また、この脱窒バクテリアを空気に曝すという工程は、自然界では例えば干潟で見ることが出来る現象です。干潮の時に好気的脱窒バクテリアが、空気中の酸素と干潟の表面にある植物由来のセルロースを使って硝酸を脱窒しています。いろいろと考えた末の工夫が、自然がやっていることの真似に過ぎなかったということで、自然の偉大さに改めて脱帽した次第です。ただ潮の干満は一日2回起きる現象ですが、間欠ろ過装置を使った好気的脱窒装置は、空気への暴露を一日に何百回と繰り返して脱窒能力を高めたと言えます。このような結果には一緒に実験をしていた学生もたいへん驚きましたが、それだけに専門家たちには当初はなかなか信じてもらえず、特許を取る際にも本学の知財本部から門前払いされたこともありました。そのような時でも信じて応援してくれ、今でもサポートしてもらっているのが水大卒の佐藤順幸氏(㈱プレスカ)と荻村 亨氏(㈱ウイズアクア)で、OBとは大変ありがたいものだと痛感し、楽水会を含め感謝の言葉が見つかりません。

 この好気的脱窒技術の開発が成功したことで、それに前述の泡沫分離機と間欠ろ過式硝化装置を付属して、無換水で魚介類を飼育できる完全閉鎖循環式陸上養殖システムを完成できました。掛け流し式に比べると経費が高いという欠点はありますが、蒸発を補う差し水程度の楽な管理で場所を選ばず、例えば都会のビルの中でもできる、長期間飼っても飼育水が無臭で魚介類の肉が臭くなく食品としての安全性が高いなどの長所があります。それを使ってアワビを10か月ほど育てて食味テストをしましたが、とても好成績でした。

 その他、有用魚介類ではタイやヒラメ、アユ、ナマコ、イセエビ、クルマエビ、アコヤガイなど、海藻ではウミブドウ、観賞魚ではキンギョやコイ、各種熱帯魚以外にもサンゴ類やヒメシャコ貝などを長期に飼育、育てることが出来るようになりました。今では、産業界や研究・教育現場で普及し始めていますが、思いもよらない分野での利用もありました。農業と福祉との連携(農福連携)は多くの自治体が推進していますが、これまで漁業と福祉の連携(水福連携)は例がありませんでした。漁業には船舶免許が必要だったり、水に落ちる危険があったりするからでしょう。しかし、完全開鎖循環式陸上養殖システムの確立によって作業が楽になり、しかも陸上で出来るようになったことで安全度が増して、社会的弱者である障害者や高齢者が作業に従事できるようになりました。そこに福祉団体が目を留めてくださって、水福連携が始まることになりました。NPO法人どんぐりの会(津市、代表:池田芙美氏)の「魚介類の畜養から始まる学童教育から障害者支援まで」活動がそれで、県の補助と地域の援助の下に始動しました。このような活動が、地方創生や漁業の活性化にもつながっていくことを期待したいと思います。今後は水産分野だけでなく、農・畜産分野で硝酸汚染の解決に役立てば良いなと思っていますが、この完全閉鎖循環式養殖システムは宇宙へ持って行くことも可能だと考えていますので、いずれ人類が月や火星に移住するようになった時、この完全閉鎖循環式養殖システムを基にして魚介類の養殖を行うことになれば、これ以上ない喜びです。

 最後に、この機会を提供していただいた楽水会に厚くお礼申し上げます。(東京海洋大学名誉教授)

図1 好気的脱窒装置を使った完全閉鎖循環式陸上養殖システム

 飼育水は飼育水槽⇒泡沫分離機⇒好気的脱窒装置⇒硝化槽⇒飼育水槽と循環する。淡水と海水の両方で使え、硝酸だけでなくアンモニアや亜硝酸、濁りや匂い、富栄養化などもとても低く抑えられるので、高品質な魚介類や海藻を場所に関係なく養殖・畜養できる。好気的脱窒装置は満水になると∩型パイプを通って排水され、内のセルロース脱窒基質が空気に曝される。このように、排水に伴った基質の空気への暴露が一日に数百回も自動的に繰り返されることになり、それが高い好気的脱窒能をもたらすキーポイントである。

 

TOP