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2021.03.03 16:28

水圏生殖工学研究所開設にあたって

吉崎悟朗(36養殖25修4博)

 この度、文部科学省の教育研究組織整備事業の予算措置が本学に認められ、水圏生殖工学研究所が設置されました。本研究所は様々な水圏生物の生殖現象を理解し、これを巧く操作することで水圏生物を護り、増やすことを目指した研究所です。楽水会の皆様は学生時代に“生物資源は他の資源とは異なり、とり過ぎさえしなければ自ら増える資源である”ということを講義で必ずや習ったことと思います。この生き物の “増える”力の原動力こそが生殖現象です。水圏生物が安定的に卵や精子を生産し次世代を作ることは、生物資源を
持続的に利用していくうえでは非常に重要なことです。

 生き物の体はたくさんの細胞から構成されていますが、この中で卵や精子のおおもとの細胞である「生殖
細胞」と呼ばれる細胞だけは、“成熟”というプロセスを経て卵、精子へと分化し、“受精”というプロセスを
経て次世代個体を生み出します。言い換えると、生殖細胞は個体に変身可能な細胞です。ですから、水圏生物の生殖細胞を操作することは、水圏生物を効率良く増やすことに直接貢献します。我々の研究グループでは、生殖細胞を凍結する技術を開発し、解凍後の細胞から卵、精子をつくり、最終的にはこれらを受精することで、凍結細胞に由来する魚類個体を生産することを可能にしています。この技術を用いれば、生殖細胞を凍結しておくだけで、その魚が絶滅してしまった場合でも、凍結細胞から絶滅種を蘇らせることが可能であり、絶滅危惧種を護るための切り札的技術になると期待されます。これはいわば魚のタイムカプセルです。また、養殖に使う有用品種を生殖細胞の状態で凍結保存しておけば、なんらかの事故でその品種が途絶えてしまった際にも、凍結細胞から品種を再構築可能です。

 また、最近ではこの生殖細胞を試験管の中で大量増殖させる技術も構築しました。これらの細胞からも、機能的な卵と精子の両者を生み出すことが可能であり、受精を介して試験管の中の細胞から生きた魚類個体を作り出すことが可能になっています。上述の絶滅危惧種の保存の際には、貴重な魚からわずかな数の細胞しか入手できないことも少なくありませんが、本技術を駆使すれば、そのわずかな細胞を大量に増やすことができます。もちろん、冷凍細胞や試験管内で増やした細胞からいきなり卵や精子ができるわけではありません。これらの生殖細胞を卵や精子へと改変するためには、この細胞を別の魚の卵巣や精巣に移植する必要があります。この移植技術の開発こそが一連の生殖細胞操作技法の鍵となるものです。

 そこで、次にこの技術を簡単に解説します。まず、生殖細胞を卵から孵化した仔魚のおなかの中に顕微鏡の下で注射します。普通の動物に他個体の細胞を注射すると、すべて免疫的に拒絶されてしまいますが、 孵化直後の魚は免疫的に未熟であるために拒絶がおきません。さらに、おなかの中に注射した細胞は、本来の住処である卵巣や精巣に向かってアメーバ運動を繰り返して自ら移動し、そこに取り込まれます。最終的には移植した細胞は宿主の卵巣や精巣の中で卵や精子にまで育まれるという算段です。

 ここでもう一つ重要なポイントは、この生殖細胞の移植は異種間でも成立するということです。実際には我々は、ヤマメにニジマスの卵、精子を作らせることに成功したのを皮切りに、ニジマスにキングサーモンやヒメマス(ベニザケ)、海産魚のクサフグにトラフグ、を産ませることにも成功しています。トラフグや大型のサケ類は親魚の養成に長い時間や大きなスペースを必要としますが、これらの短期間で成熟する小型宿主を用いることで、当該種の生産が大幅に簡略化できると期待されています。現在、我々は小型のサバ科魚種に、クロマグロの卵や精子を生産させようという研究に取り組んでおります。これが実現すれば、小型の水槽内でクロマグロの種苗を生産できるばかりでなく、世代の時間を大幅に短縮することが可能になるため、クロマグロの品種改良を飛躍的に加速することが期待されています。

 ここまで生殖細胞の操作技法について説明してきましたが、今回設立された水研生殖工学研究所では、これら一連の技術の改良、実用化に加え、新たな技術の開発を進めていく予定です。もちろん、これらの技術開発には基礎研究は不可欠ですので、これも並行して進めていきます。本研究所は現段階では13名体制ですが、このうち専任は2名です。今後も引き続き文部科学省へ要望を続けていくことで、体制の強化にも務めていきたいと考えております。(研究所の体制の詳細はHPをご覧ください。https://www.kaiyodai.ac.jp/Japanese/IRBAS/index.html

 また、最先端の研究を通じて、海洋生物学・水産学の将来を担う若手研究者の育成にも力を注いでいきたいと思います。これからも楽水会の皆様方からの叱咤激励やご意見・ご鞭撻を賜り、本研究所の発展に活かして参りたいと考えておりますので、よろしくお願いいたします。(水圏生殖工学研究所 所長)

 

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