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2024.10.01 14:50

団塊の世代、異次元からのマイワシ資源変動の謎を追う(第4回)

爲石 日出生(20漁大)

 前回第3回で、マイワシの自然環境要因として地球内部科学の地球流体核の変動が地球自転速度変動と関連して、マイワシの漁獲量や資源量と相関が高いことを示しました。地球自転速度変動はコリオリ力に影響し、大気や海洋、黒潮・メキシコ湾流などの西岸境界流に影響します。しかし、これらの物理変動とマイワシ漁獲量の生物変動との間を埋めるものが必要です。ここで、中井(1938)のマイワシ成魚の直接植物プランクトン摂取説がクローズアップされます。すなわち、基礎生産量の長期変動を求めることで埋めることにします。当然ながら1600年以降の観測データなど、あろうはずがありません。データがある範囲内で相関を求め、相関の高い式を利用して1600年以降の木の年輪などで算出された実在データから遡って、基礎生産量の変動を推定するしかありません。では、試みてみましょう。このため、第4回は少し話が元に戻ることになるかもしれませんが、ご容赦ください。

(1)1600年以降の基礎生産量指数により検証

 前回の第3回でも触れましたが、図1で1600年以降のマイワシ漁獲量変動(資源変動:Kuwae et al.,2017)が示されていますので、植物プランクトンの基礎生産量もこれと同じ期間の長期変動を求める必要があります。しかし、マイワシ漁獲量の長期変動を支える基礎生産量、特に地球全体の基礎生産量を約350年間の長期に亘り観測した事例はありません。ただ、ベンリックが北太平洋の一部の海域を数十年間実測した事例があることが報告されているのみです(Venrick et al.,1987)。

   図1 地球自転速度変動(最上図)、マイワシ漁獲量変動(上から2番目の図)、
      マイワシ資源量変動(下から2番目の図)、およびマイワシ漁獲の豊凶図(最下図)
     地球自転速度変化図とマイワシ漁獲量、マイワシ資源量、
     マイワシ豊凶図とよく一致している。 (爲石ら, 2022)

 今回のこの話では、全地球の基礎生産量の変動を代替する指標海域として、北太平洋中央海域を地球規模の代替指標としました。この海域での基礎生産量に強い影響力を持つのは、アリューシャン低気圧(AL)の存在であり、その強弱の長期変動を示すのは気圧と水温の偏差を考慮した気圧指数NPI(North Pacific Index:北太平洋指数)と水温指数PDO(Polar Decadal Oscillation)があります。これらの指数と基礎生産量指数(North pacific Primary Production , NPP) との相関を示し、相関が高いことを確認しています(図2)。このことはすでに述べられていますが、NPIが高くALが強まると、基礎生産量の指標でもあるクロロフィル(植物プランクトン)が増加し、魚類資源が増加することを意味しています (Trenberth K.E et al.,1994)。幸いなことに、NPI指数は過去100年の観測値があり、それ以前は樹木の年輪から1600年以降のその指数が復元されています(D’Arrigo et al.,2005)。このNPIとNPPは高い相関を示し、その相関式が求まります(図2の上段)。
 このことから、今まで不可能であった 1600以降の基礎生産量指数(NPP)の変動傾向は推定値として抽出でき、この変動が基礎生産量の長期変動傾向を示すと考えられ、指標として用いることが可能となりました。
 古文書およびコアの採掘から得られました1600年以降のマイワシ豊凶の長期変動と対応したところ、マイワシの豊凶とこの推定した基礎生産量指数の変動傾向が一致しているように見受けられ、1600年以降のマイワシの豊凶変動傾向を裏付ける可能性も出てきています。図1 上段の図は気圧指数(NPI)と基礎生産量指数(NPP)との相関
   NPI指数は1600年以降が復元されており、決定係数R2=0.6217(R=0.79)の
   高い相関により1600年以降の基礎生産量が復元可能。
   下段は水温指数(PDO)により、基礎生産量の増加を支援。

    図2 上段の図は気圧指数(NPI)と基礎生産量指数(NPP)との相関
    NPI指数は1600年以降が復元されており、
    決定係数R2=0.6217  (R=0.79)の 高い相関により

    1600年以降の 基礎生産量が復元可能下段は水温指数(PDO)により、
    基礎生産量の増加を支援。

(2)基礎生産量指数とマイワシ豊凶の長期変動

 図3は、北太平洋中央海域での1600年以降の推定基礎生産量変動とマイワシの豊凶の変動(坪井,1987a,1987b,1988;杉本ら,2005)を示した図です。さらに、この豊凶の変動を裏付けるものとして図の最下段に、別府湾の海底からコア・サンプルを採掘しマイワシの鱗堆積率の長期変動(Kuwae et al.,2017)を示しました。この図は、マイワシの豊漁期が推定基礎生産量の高い時期に一致する傾向を示しています。特に、 杉本らの説は、図3において1800年から1880年の長期間に亘る豊漁期が示されており、この同期間に推定基礎生産量の図から餌となる基礎生産量も約80年間の長期に亘って高かったと推定され、 図3 の杉本らの説を裏付けています。 なお、最下段のコア・サンプルのSDRの図においても、この時期に長期に亘り豊漁であったことを示しています。

  図3 推定基礎生産量(上段)、古文書によるマイワシ豊凶模式図(中段)、
     マイワシの鱗堆積率の長期変動(下段)の時系列比較図

   マイワシの豊漁期が推定基礎生産量の高い時期に一致する傾向を示す。
   特に杉本らの説は、マイワシ長期豊漁期1800年から1880年の長期間、
   推定基礎生産量も約80年間の長期に亘って高かったと推定。

   なお、最下段のコア・サンプルのSDR*の図においても、この時期に
   長期に亘り豊漁期であったことを示す。(Kuwae et al.,2017;最下段の図)

   * SDR(scale deposition rate):ボーリングによって採掘された鱗堆積物指数

 ここで、1600年以降の推定基礎生産量のグラフの作成は、数百年前の時代に基礎生産の実測データがなく、同化によるシミュレーションの精度確認が不可能です。日本マイワシの漁獲量は、世界中の海域でその増減の周期と位相が一致する傾向を持つことが多くの論文で指摘されています(Kawasaki,1983;Zupanovich,1986;Chavez et al.,2003;Luiz Eduard de Souza Mraes et al.,2012;Oozeki et al.,2019)。また、これらの研究では、地球規模の漁獲量の増減が資源量の増減に比例するものとして取り扱われています。

 これまで関連が考えられてこなかったグローバルスケールの流体として地球深部の地球流体核(外核)があり、これに関しても近年マイワシの漁獲変動と地球自転速度変動との関係が述べられています(Tameishi et al.,1989;爲石ら,2022)。このため、地球自転速度変動と関係する地球流体核の変動は、マイワシ発生からの長期変動を追える可能性のある流体環境と言えます。

 次回第5回は、現在において地球流体核の変動を直接観測することは不可能ですので、地磁気の変動を通して推定できる(Holme and Viron,2005)ことをお話します。この地磁気の変動は、堆積物から古地磁気的に77万年前まで精度の高いデータが得られている(Guyodo and Valet,1999)ことから、夢は広がります。なお、今回第4回は、マイワシの餌環境である基礎生産量のAC1600年以降の長期変動は、NPP基礎生産量指数と1600年以降のデータが存在します北太平洋指数NPI(D’Arrigo et al.,2005;安田ら,2006)の高い相関から、推定値として抽出しました。

 

 

 

 

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